ヴァルケンハイン

貴女のお店は気に入っているのよ、と可愛らしい外見には不似合いな(けれどそれ以外にはないだろうと思わせる)音で告げた少女の命により、普段よりも遅い帰路には私以外にも影がある。確かに私の店は中心街から少し離れた場所にあるし、家もそこからまた歩いた場所。お気に入りを案じてということなら有り難いけれどここはイシャナ、世界一安全と言われる土地で心配がすぎるのではというのが本音だ。


「なんでしたっけ、危ない男?」
「何がだ?」
「いいえ。レイチェルさんがヴァルケンハインさんに命じる前に言っていた言葉です」
「…ああ。なまえ殿が狙われる可能性は低いが、用心するに越したことはないからな」
「犯罪なんて話は聞きませんけど」
「レイチェル様は、なまえ殿が巻き込まれることを危惧しておいでなのかもしれん」
「巻き込まれる?何に?」
「何と言うべきか…端的に言えば狩り、だろうか」
「狩り?イシャナで?」


私の疑問にヴァルケンハインさんは眉を寄せる。
どうやら話せる範囲の言葉を探しているらしい。私に言っては不味いことなのか、話しても無意味だから言わないのかは定かではない。ただヴァルケンハインさんのこと、レイチェルさんに話すなと言われているのだろう。


「イシャナで何か起こっているんですかね?」
「何故そう思う」
「いえ、レイチェルさんもヴァルケンハインさんも魔法使いとは違いますし、それに」
「他にもあるのか」
「最近、トリニティちゃんの様子がおかしくて」
「トリニティ?」


目を丸くしたヴァルケンハインさんには、その佇まいに似合わぬ隙が生まれたように見える。私自身が描く執事という存在と彼の言動からは少しも想像出来ない姿が目の前に。何だろう、これは可愛いと思っているのだろうか。


「レイチェルさんとヴァルケンハインさんが来る前から通ってくれている女の子です。お友達とお茶をするのが好きみたいで、茶葉を買いに来るんですよ」
「成る程。…それで、様子がおかしいというのは」
「おかしいというか元気がない、が合っているかもしれません。友人が遠くに行ってしまうようで怖い、と言っていました」
「友人、か。その友人というのは――…」
「同級生の男の子だそうで。トリニティちゃんにもそんな相手が出来たのかなあって、…ヴァルケンハインさん?」


トリニティちゃんが案じている男の子、ヴァルケンハインさんよりも彼女と交流のある私でも名前すら知らないのに、ヴァルケンハインさんは何かを知っているらしい。それが少し悔しいような、いや、そんな呑気なことを考えていい雰囲気ではなさそうだ。


「…出会ったか」
「え?何が?誰と、ですか?」
「クラヴィス様に…なまえ殿、すまぬが急用だ。すぐにでも戻らねば」
「ああはい、それなら。私は一人で大丈夫ですし…」
「――…いや」
「え、えっと…?」


クラヴィス様というのはレイチェルさんとは別の、レイチェルさんはまだ小さいし、お父さんだろうか。


「なまえ殿は送り届けよう。それが使命だ」
「でも急ぎなんですよね?ここを曲がったら着きますし、」
「ならば供をする」


ここで帰ってくださいと言うのはしつこい、しつこいは何だか違う気もするけど。足を進めながら考えているとヴァルケンハインさんと目が合ったことを強く意識してしまう。どうしようか、何を言おう。


「あの」
「その少女が引き止める可能性も残されている」
「トリニティちゃんが?」
「信じようと、クラヴィス様ならばそうおっしゃるだろう。あのお方は人の可能性を信じておられる。ならば私は、そのご意思を尊重せねば」


独り言のようにも聞こえたそれは何よりも重い。ヴァルケンハインさんのクラヴィスさんに対する想い、クラヴィスさん自身の誰かに対する想い、目には見えないものを感じた、気になる。


「それに、なまえ殿に万が一があれば、レイチェル様だけでなくクラヴィス様も悲しまれる。お二人は紅茶の時間を楽しんでおられるからな」


不意に緩む口許。意識が異なる方に向いていたからか、唐突な表情に鼓動が高鳴る。

ヴァルケンハインさんはどうなんだろう。
そんなことを考えた自分に一番、驚いた。



end.

20121026

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -