ハザマ

宿の手配が済んでいるならそこで落ち合えばよかったのではないか。冷たさを増した風を浴びながら考えるのは、明らかに文句に近い事柄だ。

所属している部署からして現地調査というのは珍しくも何ともないが、今現在待ち合わせをしている上官と二人で調査というのは珍しい。上官は大概一人、しかも行き先を告げること自体が稀。そんな人が何故同行を命じたのか、なまえはまるで理解が出来ないでいた。


「………」
「まだ勤務中ですよ、みょうじ少尉」


咎めるというよりは小馬鹿にした声が届いたのはまさに盛大な欠伸を掌で被ったとき。後方に通路などないはずなのに確かに上官の声は後方から聞こえた。思わず体ごと動かせば、間違いない。待ち人はすぐ後ろにいるではないか。


「ハザマ大尉…?」
「やだな、もっと顔を引き締めてください。統制機構の人間が舐められては問題ですよ」
「…申し訳」
「わかればいいんです、それで」


なまえの答えを聞く気があったのかを測りかねる肯定。最後までは言い切っていない、まあ確かに、口にしようとしたのはハザマの言葉に即したものであったが(しかし、事前に用意していたような返答はいかがなものか)。


「ま、徒歩で調査となればそれなりに体力を使いますからね。ナナヤ少尉や第四師団の皆様ならこれしきってところなんでしょうか、我々のように純粋な諜報部となるとね、仕方がないのかな」
「……純粋な?」
「何か変でした?」


言葉を交わしながらハザマの更に後ろに視線をやるものの、道になりそうなのは建物同士の僅かな隙間。とても人など通れそうにはないが、この上官ならば可能な気もするのだ。

理由は、何となくとしか言えないが。


「変、ということは」
「そうですか。…言葉と視線は噛み合ってないみたいですけど」
「いやっ、単純になんというか、諜報部も統制機構員である以上は…ですね?」


それは当然、イカルガの英雄と持て囃されるジンや士官学校入学時に歴代最高の術式適正値を叩き出したノエル、その身体能力の高さで入学を果たしたマコトと比較してしまえば劣る。更には三人程とは言わずとも鍛練に励んできたツバキ、彼女にだって劣るだろう。

だが身を置く場所が統制機構である以上、一般人ではないのだ。
一般人という言葉が当て嵌まる人間と比較すればなまえもハザマも体力は勝っている(特にハザマは、言葉の割に隙がない)。


「確かにね。化け物じみた人ばかりなので忘れていました」
「化け物って…」
「だってほら、キサラギ少佐とヴァーミリオン少尉なんてアークエネミー所持者ですよ?あれは並大抵の人間に扱える代物じゃない、まさに化け物だ」
「…私からすれば大尉も化け物じみてますけど」
「私が?あっははは、はじめて言われましたよ」


さて。吐き出された音はやはり先程までの笑いを引きずっていて、なまえに疑問を抱かせるには十二分であった。この人は何なんだ。そう考えるようになったのは、いつ頃からだろう。


「立ち話は趣味じゃないですし、さっさと宿に戻って擦り合わせましょう」
「え?」
「えって。結局同じ部屋に宿泊するんですから、その方がいいでしょ」
「なら最初から――…ちょっと待ってください、大尉」
「はい?」


ハザマが突拍子もないのは今日発見した事柄でもなく。
どうせ何もないだろうと思いながら微かに、どこか片隅で、合流してから調べることがあるのではと思っていた。そんな浅はかな自分を殴り飛ばしたいと思うと同時に、ハザマの言葉に一つの疑問が生まれる。今ハザマは、確かに。


「同じ部屋って何ですか」
「あれ、少尉の理解力ってそんなに乏しかったですか?二人で一つの部屋という意味以外、」
「わかってますよ!!何でですか!」
「経費がちょっと…いやあ、世知辛いですよねぇ」
「本当ですか、それ」
「私が貴女といたいがために仕組んだと?」
「……ないですね」
「当然」


完全に馬鹿にした笑みだ。彼によく似合っているそれが、言いはしないが嫌いである。尤も、人を苛立たせたくて張り付けた笑みなのかもしれないが(だとしたらまんまと術中に嵌まっているのか)。


「しかしまあ、みょうじ少尉が私を化け物だと思うなら気をつけないと、食べられるかもしれませんね。一応は人間も肉の塊ですし」
「冗談は止めてくださいっ!」
「冗談だとわかっているなら落ち着きましょ、少尉」


へらりとした笑顔。それにふと、溜息を吐いていたノエルを思い出す。

ジン=キサラギの直属の秘書官となった彼女も苦労している、と聞いた。確かにあの人は随分とドライというか、ノエルに対する態度が厳しい。比較してみるとどうなのだろう。マシなのだろうか、この上官は。


「どうしたんです?さっさとチェックインしないと、時間なくなりますよ」


何もかもが胡散臭い。
この街の薄暗さだとか今が夜だとか。そんなことは一切関係なく、誰かと比較をしてマシということもなく。


「…そうですね、大尉…」


ハザマがハザマであるから、こんなにも怪しく映るのだ。間違いなく。



end.

20121024

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