携帯は画面を見ればメールをすぐに読み返すことが出来る状態で、朝から閉じれずにいる自分にちょっと笑ってしまう。
講義の確認以外でやり取りをしたのははじめて、かもしれない。講義も被っているのは一つ、確認することなんて毎週あるはずもなく。だから本当に驚いた、朝起きたらシーザーさんからメールが来てたんだもの。別に何か用があるでもなし、今日は四コマに出るだけだから随分と時間がある。シーザーさんは三コマから、らしいけど、それでもやっぱり早い(彼は何か、することがあるのかもしれない)。
「おはようございます」
「おはよう。表情が硬いかな?」
「そんなことは。あ、ジョセフさんは?」
「JOJOは今頃大学だろう。…君は、JOJO抜きでおれと会うのは気乗りしない?妬けてしまうな」
「へ?い、いえ!そうじゃ、あいさつ、挨拶みたいなもので――…」
「冗談さ。可愛い表情で強張っていたから、ついからかいたくなったんだ」
そう笑って自然に、当たり前のように私の隣に腰掛ける。大学までは、片手で足りる停車駅。腰掛けたシーザーさんはそれ以降口を開かずただ外を見ている。私も数十秒はシーザーさんを見ていたけど、あとは黙って同じように外を眺めることにした。
特に話すことがあるわけじゃない。カタン、カタンと響く音、目を細めたくなる日差しに斜め向かいから聞こえてくる話し声。何時もと変わらない、だけど少しだけ違う今日。重なっている講義でグループ発表があるわけでもなければそんな予定は年間を通してもない。そう言えばシーザーさんと話すようになって、一月も経っていないんだっけ。
「眩しいですね」
「ああ。日差しが強い」
「窓を開けていても生温い風しかこなくて」
「それでJOJOが騒いでいたな」
「……今日は、言わないんだ」
「ん?」
「…いいえ」
敬語がどうって。シーザーさんがいいって言ってくれたんだからいいんだろう、本当に。何時も出かかるタメ口は、どうしてか音にすると丁寧になってしまって。「次に会ったら」を私はまた、繰り返す。
「あ。降りましょうか、シーザーさ――…」
「シニョリーナ」
立ち上がろうとしたら握り込まれた片方の手。自分のものではない手から顔へ、体感としてはゆっくりと、視線を動かしていく。
「……降りないん、ですか?」
「なまえ、おれは君にちょっとした魔法を掛けたんだが、どうかな?」
「魔法?」
「そう。だからなまえはこうしておれに会っている。その魔法にはまだ力があって――…」
シーザーさんから来たメールの文面、「電車に乗る」というたった一文。それからさっさと支度をして、私も電車に乗ったんだ。シーザーさんの言う魔法って、これだろうか。
「…君は、おれと向日葵畑に行きたくなるはずなんだが」
「講義は、」
「サボりはしないさ。そのために一時間以上は余裕をもって出たんだからな」
「………」
「おれの目をそのまま、綺麗な瞳で見詰めていてくれたら魔法は完成だ」
吸い込まれそう。綺麗なのはシーザーさんの目とか髪じゃないか、なんて。
「……私も四コマだし、シーザーさんが間に合うようなら」
電車が混んでて、それで降りるタイミングを逃したんだよ。
浮きかけた腰を下ろすと、シーザーさんは何でもないようにまた外を見る。手は、そのままで。
fin.
20131023