ユキ

昔から、男女問わず人付き合いが苦手であった。はじめて顔を合わせる人であったり席を譲ろうと試みた人であったり、慣れない相手に声を掛けようとすると一気に汗が吹き出す。しかも声は上擦るし表情は怒っているように見えるらしいしで、何とか会話が出来てもそこから何一つ発展しないのである。

加えれば、怒っていないと否定する勇気すらないため、結果「感じの悪い人」認定で距離を置かれるのだろう。

それが自分、どうにもならない部分。そう言い聞かせているのは傷つきたくなかいからだ。勇気を出して上手くいかず落ち込むくらいなら、端から諦めてしまえばいいのだと。


「そ、そそ、そのっ、だから…!」


諦めていれば少なくとも嫌われることはない。特別親しい間柄にもなれないがいじめられはしない。用があれば話すという存在でいいではないか。そう思って何が悪い。


「別に、そのっ。あの、えっと…!」


こうしている間にも汗は止まらないし表情は強張る。ああ、目の前の同級生は明らかに困惑しているではないか。まずはどうしよう。取り敢えず彼女の手にあるシャーペンを受け取るべきだろうか。


「他人に物触られるのが嫌とか」
「ちっ、違う!」


こういうとき上手く言葉が出ない自分が情けない。更には、こんなに必死に否定されては却って嘘臭くはないかと、不安にもなる。


「あ…ありがとう、みょうじさん」
「うん」


感謝の一言を伝えるだけでも精一杯、とても人間とは思えぬ挙動でシャーペンに手を伸ばすと微かな笑い声が届く。駆け抜ける羞恥心に視線をさ迷わせながらなまえを見れば、笑ったのは彼女だという確証を得た。


「ごめん、別におかしかったわけじゃなくて」
「う、うん」
「可愛いというか、微笑ましいというか。なんかそんな感じで」
「う、ん」
「……気分悪くさせたなら、ごめんなさい」
「いやっ!」


だから、必死な否定は。もう一人の自分というものが存在するのかは知らないが、焦って言葉を繋ぐ自分を諌める自分が頭か心か、そのどちらかに潜んでいるような気になる。そうだ、言わなくては。あまり他人と関わったことがないだけ、気を悪くしたなんてことは有り得ない。思考したところで言葉に出来ないのなら、何の意味もないではないか。


「あっ、あのっ!」
「何?」
「怒っても、気分悪くしてもなくて――…人と話すのが苦手で、それだけで!だから今も緊張はしてるけど嫌なんてことはないんだ、絶対に!」


言葉を待っているらしいなまえに頭が爆発しそうになる。何を言おう、どうすればいい。何故人付き合いという大切なものを疎かにしていたのだろうと今更ながら後悔する。


「誤解、されたくないんだ。その、みょうじさんには」
「それは…」
「きっ、気になるから!嫌われたくないから、だからっ!」
「ゆっ、」


なまえが弱々しく発する自分の名前。ひょっとして自分はこれまでの人生の中で一番の爆弾発言をしてしまったのではないかと、思う。


「――こっ、これはっ、いまのはっ…!」
「いっ、いまのは?」
「いや、あの。…確かに俺が思ってること、だけど」
「…そっか」


花が咲いたような少女の表情。これは一体、何を示しているのだろう。



end.

20120821

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