ハル

朝、学校に向かうとき。ユキと話している途中であれ、その後ろ姿を見つけると胸が苦しくなる。小さく「あ」と漏らすと声を拾ったユキは不思議そうに「どうしたんだよ」と問いかけてくるのだ。

どうした。
どうしたなんて、自分が一番知りたい。自分にはわからない感情が多すぎる。なまえの後ろ姿だとか友達と話しているときの笑顔だとか、目にすると落ち着かなくなるのは何故だろう。知っている言葉で表すなら「きゅんとする」になることだけは、わかるのだが。


「なまえ見てると、苦しくなる」
「苦しい?」
「ざわざわ〜ってなる。なまえに吸い込まれそう」
「す、吸い込まれるって何だよ」
「わかんない。ユキはわかんない?」
「わかるわけないだろ」
「うー…」


肩を叩かれたなまえが振り返る。その子は教室でもよく一緒にいる子で、驚いていたなまえはすぐに口を動かして笑った。まただ、と思う。また、きゅんとした。


「なまえのこと、追いかけたくなる」
「追いかけたく?…ハル、お前さ。みょうじさんのことが好きなんじゃないか?」
「好き?僕、ユキのことも好き。夏樹も、たもっちゃんも、歩ちゃんも、皆」
「それとは少し違ってさ、みょうじさんは特別…というか」
「とくべつ?」


首を傾げるハルにユキは「そうだな」と零すと暫し考えるような仕種をみせ、再び口を開く。ハルは相変わらず眉を寄せていて、その表情に思わず笑いそうになってしまった。


「大好きだーって言いたくなるとか、お前のことだからそんな感じだろ?」
「…わかんない」
「俺とか夏樹とは違って、…何だ。くっつきたい、というか」
「くっつきたい?」
「…上手く説明出来ないな。まあ取り敢えず、大好きだって気持ちが我慢出来ない、今すぐ伝えたくて仕方ないとか…」
「大好きって、なまえに?」


ユキから視線を外しなまえを見る。友人と並んで歩く姿。隣に人がいるからか先程よりも明るい表情だ。


「くっつきたい…」


体の真ん中から温かくなってきて、それから痺れるような感覚も。言い表すならば「痛い」になるのだが、嫌な痛さではない。しかしそれを上手く表現する方法を自分は知らないのである。痛いは痛い、ちくり、きゅん。この気持ちは何だろう。


「僕、なまえと一緒にいたい」
「ん?」
「沢山話したい。なまえの話聞きたいし、僕の話も聞いてほしい」
「…うん。ならそれ、ばあちゃんにも聞いてもらおう」
「ケイトに?」
「嫌か?」
「嫌じゃない、けど…」


なまえが友人と何を話しているのかはわからないし、ハルとユキの会話もなまえには届いていない。思ったよりも遠い距離に先程までの判断に苦しむ痛みは消え、ズキズキとハルもよく知る痛みがやってきた。

ケイトに話すのは学校が終わってからだ。ケイトは物知りだから素敵なことを教えてくれるに違いないが、自分がふわふわとした感情の答えを見つけたときになまえに聞いてもらえるとは限らない。例えば誰か、夏樹だとかユキだとか。それはとても嫌だと、思う。


「僕、なまえに大好きって言ってくる!」
「はあ!?い、今っ!?」
「今!明日はどうなるかわからない!」
「ま、待てって、おいハルっ!!」


走って走って詰まる距離。思いっきり名前を呼ぶとなまえは横の友人に肩を叩かれたときよりも目を丸くしている。


「おはよう、なまえ」
「おはよう、ハルくん」
「あのね、僕ね」


大きく息を吸って。
溢れ出しそうな大好きは、どうすればすべて伝えられるのだろう。



end.

20120820

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