「どうした、なまえ」
「シーザー」
髪に添えていた手を離し、声の方へと顔を向ける。目が合うと彼は優しく微笑んで、ただそれだけで私の胸は苦しくなる。思わずほんの少しだけ下げた視線、気にせず彼は近づいて来た。
「何が困り事が?」
「ううん。大丈夫、ちょっと」
「ちょっと――…ああ」
まるで吸い寄せられるように。伸ばされた腕は私の真横、やはり集中する熱にもごもごと、何だか消化不良な気分だ。
「……シーザー」
「何時にも増して華やいでいるなと思ったら。髪が解けていたのか」
「紐が切れたみたいで。びっくりしちゃった」
「それは大変だったな」
「直そうと思ったところに」
「おれが」
「うん」
触れていたシーザーの指が離れていく。ああ、シーザーの髪はどうなんだろう。何時も向けてくれる笑顔のように、柔らかいのだろうか。
「なまえ、そのまま立っていてくれないかい?」
「このまま?それは別に、いいけど」
「ああ、やっぱり後ろを向いて」
「後ろ?…うん」
すると首元が涼しくなり、普段自分がそうしているように髪を持ち上げられたのだと知る。窓ガラスに映る二人の姿、私の瞳は、右往左往だ。
「紐を」
「……どうぞ」
「随分と使っていたんだな。代わりになるものは?」
「今度買いに行こうかと思って。それまではこれでなんとか」
「そうか」
触れそうで触れない指先がもどかしい。ガラス越しに様子を窺っていると、再び視線が重なった。ありがとう、はぐらかすようにそう告げるとシーザーは微笑んで作業を続ける。
「見ていたかったらどうぞ。終わるまで――…いいや、終ってからも見詰めていてくれたら嬉しいな」
「…くすぐったい」
「我慢してくれ、なまえ」
あ、ジョセフさんとスージーQ。あれは手伝ってるんだよね、一応。
20131126