落ちそうな瞼と離したくない片手

人の体温を感じると落ち着くのだと告げた日から、手を繋ぐ機会が増えたように思う。嫌なわけでも気恥ずかしいわけでもない。それは徐盛にとって、この上ない幸せなのだ。ただこうして静寂が訪れる度、なまえはどうなのだろうかと言い知れぬ不安に苛まれる。

恐怖だとか孤独だとか。漠然とした感情がずっと居座っている。そんな吐露を笑うことなく、なまえは徐盛の手を取った。確かに安心すると独り言のように吐き出し、それから、今日はこんなことがあったのだと徐盛に身を委ねながらぽつぽつ話してもくれた。まるで子守唄のようななまえの声を聞くうちにいつの間にやら朝を迎えたあの日、それでも、結ばれた手が離れることはなく。

ならば杞憂でしかないのか。思いはするが、これも徐盛の中に居座っている恐怖や孤独と同じで、拭われることなく在り続ける感情なのだろう。なまえの熱に安心を、加えて愛しさを。掌ごしに伝わるものに抱く想いが増える度、どうしたって後ろ向きな想いも膨らんでしまう。だから熱を求める、と、堂々巡りだ。


「……なまえ」


眠ってしまいそうな彼女を、出来るだけ妨げないように。黙って寝台に運んでやる方がいいのかもしれないが、そうして離れてしまうのはあまりに寂しい。今生の別れではないし、なまえが眠ったからと徐盛が立ち去ることもないのだが、それでもだ。まだこうしていたい。この我が儘を、なまえも抱いていればいいのだが。


「……、……徐盛?」


やけにはっきりとした呼び声に、やはり邪魔をしてしまったかと眉を寄せる。しかし徐盛を見詰めるなまえの目は眠たげで、またも杞憂かと、休む間もなく働く己の頭に呆れを覚えた。格好がつかない。例え徐盛自身が情けないと思おうと、なまえは少しもそんな風に感じないのだろうけど。


「――…さみしい?」
「いや、なまえがこうしてくれている。平気…と言いたいところだが、まあ、そうだな。……声を聞いて、随分と気持ちが楽になった」
「ん…」


ふふ、と。満足そうに微笑むなまえは、このやり取りを夢と現実、どちらと捉えているのだろう。繋いだ手に重ねられたなまえの片手。当然、先程よりも体の距離が近くなる。徐盛も片手は自由であるし、このまま抱き締めることだって出来てしまいそうだ。だが。


「なまえ、それならばせめて起きてくれ。半分眠っている相手に思ったまま振る舞うのはだな、男として――……以前に、人間として最低だろう」
「んー…、徐盛なら」
「なまえ」


また、微笑む。いよいよ徐盛は溜め息を吐くしかなくなったが、こうして些細なことで頭を悩ませるのもひとつの幸福なのかもしれない、とも思う。恐怖に孤独、不安。それらに支配されるよりはずっと暖かで、ふと笑みさえこぼれるのだから。


「……」
「限界なら寝台まで、」
「…徐盛がいい」
「――……それはまたどういう」
「徐盛が抱き締めてくれたら、寝られるでしょ?手も、そのまま」
「…………心を読めるのか?」
「眠いから、はやく」


そう言って、なまえは甘えるように徐盛の胸元に凭れる。考えていたことではあるが、この体勢は苦しくはないだろうか。二人が腰掛けるには十分な長椅子とはいえ、体を横たえて休むには手狭。幸いなのは、まだ徐盛には睡魔が訪れていないことだ。


「……了解した。ただ、限界がきたらなまえごと寝台に行くからな」
「うん」
「ああだこうだと朝に言ってくれるなよ」


告げて背に腕を回せば、何度目になるかなまえが笑った。感情がこぼれ落るのは思考が鈍くなっている証拠だ。こんな風に、その時々でどちらかが子供のようになるのも面白い。これもまたひとつ幸せ。改めて、繋いだ手に力を込める。


「――…うん」


ああ、なまえが子供だと言うのなら。


「約束だ」


今日はこうして心穏やかに、朝まで存在を確かめているとしよう。


end.

20200712

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