たまにはこんなごはんだっていい

※男主

後方で置物のようにしていた男が笑う。一定時間動かない、という意味に使うのであれば俺も置物に違いないが、それを認めてしまうと非常に情けない気持ちになるため避けたいところだ。後方の置物にはその考えこそ情けない、と一笑されそうなものだが。


「……腹減った…」
「そうだな」
「賈充にもさ、腹が減ったら食いたいものってあるの?」
「ないな。欲をある程度満たせれば十分だ」
「でも腹減ったとは思うわけか。欲ってすごいな」
「感心するのは構わんが、一応は手元に意識を向けておけ。俺の前であれ、恥の上塗りは御免だろう?」


上塗りってほど恥をかいただろうか、今日は。まったく手応えを感じない手元に視線を落としながら考える。

休暇を楽しむべく釣竿片手に街に出て、色んな人と挨拶を交わした。その道中で目に入った賈充に声を掛けると意外にも快く了承したため今に至る、と。釣りに誘っただけ、断られていたら恥だったかもしれないが、賈充は後ろで俺を眺めている。思い当たる節は特に。


「あ」
「何だ?」
「…美味い魚はもう少しで釣れる、と思う」
「そうか。口にせねば言及する気もなかったが?」
「したようなもんだろ、恥がどうのって」
「それはお前の捉え方だ」
「うーん…」


くくっ、と。変わらぬそれに背中が何故だがむず痒くなる。俺は賈充の親に会ったことはないから、賈充の癖なのか一族の癖なのかはわからない。一族でこの笑い方ってのもなかなか怖いが。


「第一、主な目的は息抜きだろう。そう焦る必要もあるまい」
「誘った手前さ。そういやあっさりついて来たけど、予定なかったの?」
「休暇を休暇として過ごすのが得意ではなくてな。何かあれば、ここにはいない」
「……得意不得意の話なのか?」
「気を休めることが不得手な人間も、存外いるものだ」
「別に、それが悪いって言いたいんじゃないけど――…というか、ここにいないってお前」
「用があれば適当に歩いてはいなかった、程度の意味だ。お前と過ごすこと自体を否定はしていない」


俺にしてみれば、賈充の言い方に多少の問題があるように思えるが。まあ、息を吸うように嘘を吐く人間ではない。今が嫌じゃないってのは本音だろう、俺相手に嘘を吐く意味もないし。


「賈充も釣りしてみる?趣味まではいかなくても、暇潰しのひとつくらいにはなるかもよ」
「いいや。そこまで俺に気を遣う必要はない」
「んー……」
「ここは神経も休まる。眺めていれば充分だ」


言葉に妙な引っ掛かりを覚え、つい賈充に顔を向けてしまう。が、当の本人は涼しげな顔のまま顎で指示を出すではないか。前を向け、じゃない。

気を遣ってはいない、それを告げる機会は失われた。休暇、気を休めることが不得手、少し前にそう言ったのは賈充だろう。


「昼寝も出来そうだ」
「……、端から期待をしてなかったって?」
「そもそも魚に惹かれたわけではないからな。……くくっ、」
「何も言わないでいてくれたら嬉しいんだけど」
「ふっ、ならば大人しく釣りに勤しめ。黙っていようが構わん、眺めているさ」
「そ。焚き火の準備くらいは…」
「夜は冷えるかもしれんしな。暖にもなるか」
「昼飯!」
「くくっ……ああ、期待はしている」


この野郎、絶対に魚焼かせてやるからな。


end.

20200728

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