Case5

「お忙しいですかね」
「…いえ」
「でしたら是非」
「いらっしゃいますよね、諜報部の」
「あとはこの一山を整理してしまえば終わりなんですよ」
「聞いてます?」
「仕事終わりにナマエ少尉と歩きたいな、と。駄目ですか?」
「…そう、ですか」


決まりだ。勝手にそう判断して束を持ち部屋を出るとやはりナマエは大人しく従う。この従順さが気に入っているのか、しかしノエルも似たようなものであるし、目上への服従姿勢であればツバキの方が見上げたものではなかろうか。

本人が目を逸らし続けている部分を弄り倒すのは快感だ。取り乱してみせるのも必死に違うと否定し続けるのも、可愛らしいものではないか。どちらも自分を守ろうとする行為、なけなしの鎧を一枚ずつ剥ぎ取って生身を掴んだ瞬間に揺れる瞳には沸き上がる興奮がある。しかしそれは、ナマエには当て嵌まらない。


「…ハザマ大尉は狡いと思います」
「多少は狡くないとやってけないでしょう」
「諜報部だからですか?」
「それに限らず」
「…大尉の場合、多少ではないです」
「そうですか?」
「最悪に近いかと。非常に」
「おや」


例えばここでナマエを捩じ伏せて、それで靄は晴れるのだろうか。

わからないではなく、それははい。靄が晴れるどころか余計に濃い中に飛び込んでいくようなものだ。


「というかナマエ中尉。それは狡い狡くないではなく、私の性格の話では?」
「あ。そうですね」
「躊躇わないことで」


あれは、誰だったか。
まだ己の修復が出来ておらず、仕方なしに大人しくしていた数年。漸く動き出せた頃には少しの自我が本当に邪魔だった。


「……」
「大尉?」
「これ、そちらでした」
「ああ」


トリニティ=グラスフィール。能力こそナインの方が邪魔で邪魔で仕方がなく、妹のセリカも体質からぞっとする程嫌いだった。それこそ、ナイン以上に。

それで言えば平凡、特段注視せねばならないこともない所謂優しい少女の典型。まさかその典型が一番の弊害になろうとは。


「…ハザマ大尉」
「はい?」
「寝ているのか起きているのか、はっきりしてください」
「起きてますよ」
「急に静かになるから何かと…ほら、大尉は饒舌ですし」
「ご心配いただきまして。ありがとうございます」
「心配、とは違う気もしますが…」
「まあまあ」


後にトリニティの優しさは使い勝手のいい道具となったが、ナマエは。


「私だって考え事くらいしますよ、立場上」
「例えば?」
「あれは今ヤビコだったか、そういえば少佐にお伝えすることが、大佐に呼ばれていたんだったか――…とか」
「…まともですね」
「それと」


何度も似たような世界を見るのは疲れた、台詞から挙動まで何一つ変わらない死神と第十三素体を見るのも飽きた。一から積み直すのは、面倒だ。


「ナマエ中尉、貴女のこととか」


さっさと輪廻を断ち切りたい。無駄なものを、生む前に。



20120619

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