「すまぬな、ツバキ=ヤヨイ」
「そんな。…ハクメン様、私のことはツバキで構いません」
「ナマエ=ミョウジも、手間を掛けた」
「いいえ、別に。大丈夫です」
ヤヨイちゃんはツバキって名前なのか。育ちなのかヤヨイちゃんこそハクメンさんに特別な想いがあるのか、彼女の呼び方は「ハクメン様」だ。声もさっきより少し高くなっていて、緊張しているのがよくわかる。
「ジン=キサラギも直に来る。待っているといい」
「…はい。ミョウジさんは、何かご予定は?」
「私?…ないかな。休みだから持ってけって言われたんだし」
「でしたら是非、見ていきませんか?ハクメン様、よろしいでしょうか?」
「私は構わぬが――…ナマエ=ミョウジ、無理にとは謂わぬが」
「………じゃあ、少し」
「では、居るといい。ツバキ=ヤヨイ、付いていてやってくれ」
「はい、お任せください」
あ、またフルネーム。
ヤヨイちゃんが言うまでは気にもしなかったけど、ハクメンさんは人をフルネームで呼ぶ癖があるみたいだ。全員が全員ってわけではないみたいだけど、まあヴァルケンハインさんとテルミさんは長い知り合いみたいだし親しいんだろう。ヤヨイちゃんの横顔、何だか寂しそうだ。
「…ミョウジさんも、フルネームなんですね」
「安心した?」
「えっ?い、いいえ!そういう意味ではなく…ハクメン様はあまり名や姓で呼ばれることがないので。生徒であるジン兄様も、そうですし」
去っていくハクメンさんを見詰めながら零すヤヨイちゃんはやっぱり寂しそうだ。ジン君、確かに。ラグナとジン君は昔会ったことがあるみたいだけど、思い返せばフルネームで呼んでたな。
「ハクメンさんに名前で呼んでもらうのは時間がかかりそうだね。…ヴァルケンハインさんとかテルミさんは名前――あれ?でもテルミさんって名前…ユウキ=テルミってジン君言ってたかなあ…」
「………」
「ヤヨイちゃん?」
「…ミョウジさん、同棲なさっているんですか?」
「同棲?え?いや、同棲ではないけど…え、何で?」
「…ルームシェア?」
「うんそう、ルームシェア…かな。ヤヨイちゃんは考えられない?」
「いえ、…ノエルやマコトとなら。…男性と、は、ちょっと…」
「………男性……」
男性。まあ確かに、性別という分類においては男性になるのか。あまりにもこう、所謂性別意識。それをする機会がないものだから忘れてた。ヴァルケンハインさんをお爺さんと思っているわけではなくて、あの人は紳士だし。ハクメンさんをそもそもそんな概念で見たことがなく、テルミさんは何と言うか。男とか女とかそういうことじゃなく、ただただ腹立つな、と。
「……男性だね、確かに」
「え?」
だからと言って今更、何がどうなるってわけでもないんだけども。
20131209