知らないこと

今すぐだ今すぐ。そう言って私に紙袋を投げ付けたテルミさんからもらった簡易な地図、従うと辿り着いたのは道場だ。ハクメンさんは剣道の師範をしているんだったか。ということは、ここが。


「……へえ…」
「――あの、何かご用ですか?」
「ああちょっと、ハクメンさんに」
「ハクメン様に?どういったご関係…あ、」
「そう変な関係じゃ。ただのしりあ…あれ?」


背後からの声に何故だか慌てて言葉を繋ぐ。きっとあまりにも凛とした声だったからだろう。別に、何かしようとしているわけではないんだけど。

振り返ると、そこにいたのはよく知っている人物で。向こうも気が付いたらしく、口許には小さな笑みが浮かんでいる。


「…古書店の。何時もお世話になっています」
「こんにちは。ここの生徒さん?」
「いいえ。ヤヨイ家…実家の、道場です」
「実家の道場?」


私が頓狂な声を出すと女の子、ヤヨイちゃんは決まり悪そうに視線を逸らしてしまった。まずい、余計なことを。でもあまりにもイメージになかったから。


「はい。私も毎日ではありませんが、剣術を学んでいます」
「そうなんだ。あ、じゃあ今日は稽古の日?」
「いっ、いいえ。今日はそのっ――…」


これも余計なことをだったのだろうか。どちらかと言えば涼やかな印象の顔が瞬間少女(年齢的にはそうなんだけど)のように幼さを増す。ほんのりと赤くなっている頬が答えなんだろうけど、つまりは。


「じ、…?あの、その手の物は?」
「これ?同居人にさっさと持ってけって言われて。ハクメンさんの忘れ物、らしいんだけど」
「それ、私がお貸しした本です」
「へ?あ、だから…今日来るってハクメンさんは知ってるの?」
「いいえ。今日はジン兄様は稽古の日ですが、私は別に」


そう否定するヤヨイちゃんの言葉にそれもそうだ、と思う。ハクメンさんがいちいちテルミさんに予定を話すわけがない。というか話す必要がない。でもテルミさんの口振りは、この子が来ることを知っていたような。まあたとえそうだったとしても、おかしいと思わないのはテルミさん故だろうか。


「…私から返すのは変だし、やっぱり先にハクメンさんに渡して来るよ」
「そんな、ハクメン様はお忙しい方ですから…あの、大丈夫です」
「ハクメンさんも自分で渡したいと思うし。ヤヨイちゃんも中入る?ジン君に用事なんだよね?」
「はい…用事、というほど大層なものでもないのですが…」


ハクメンさんは、本に何か思い出があるらしい。

ヤヨイちゃんは知っているのだろうか。それともヤヨイちゃんが、何か。



20131208

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