Case2

「ナマエ中尉」
「え?」


あ、と思った頃にはもう遅かった。振り返ったのはジンの秘書官であるはずのツバキ。ここではツバキがナマエということはなく、加えてジンの秘書官はノエルだ。第十二素体は無事に生き残り、ノエル=ヴァーミリオンとなっているのである。

白を基調とした衣服の異性は女というよりは少女で、髪の色に目の色――…外観も音声も内面も、重なる部分はないと言っていい。


「あ、あの。どなたかとお間違えでは?…えっと」
「いやこれは申し訳ない。私、諜報部のハザマと申しまして――おっしゃる通り人違い、大変失礼を」
「いいえ…っと、」
「ん?ああ、階級は大尉ですが、そう畏まらず」
「そんなっ!」


戸惑う少女はハザマが誰であるかを思案しているらしく、発言を探る様子は見られない。「第零師団、ツバキ=ヤヨイ中尉であります」と律儀に姿勢を正し名乗る少女はやはり、ナマエと重ねるには不適切だ。


「つい、知り合いかと思ってしまって」
「…た、大尉殿と懇意の方が我が師団に?」
「いいえ。聞いたことないでしょ?ナマエ=ミョウジなんて名前」
「ナマエ=ミョウジ……はい、所属してはいなかった、かと」
「一瞬ね。ツバキ中尉を見ていたら」


ノエル=ヴァーミリオンが生きている世界、ハザマが最も望むこの軸にナマエは存在しない。ノエルがジンの秘書官となりツバキが第零師団に志願するという擦れが影響を及ぼすのか、統制機構自体にナマエ=ミョウジという名前がないのである。

生まれているのかいないのか、何処ぞで幸せに暮らしているのか苦しんでいるのか。物語の脇役ですらない女を調べるために骨を折るのは馬鹿らしいためほんの少し自分の記憶をなぞるに止まるのだが、それこそ無駄ではないかとも思う。


「つい先程まで寝ていたので、まだぼんやりとしているのかもしれませんね」
「はあ」
「本当に失礼しました。忘れてください、…何と言うか、恥ずかしいので」
「かっ、畏まりました!大尉殿」
「では」
「はっ!」


ノエルが存在する世界を体験するのは初めてではない。大筋は変わらず進むのだから、試しに。


「いや――…ないわ、そりゃ」


浮上したナマエを捜してみるという案は、レリウスの姿を描くことで容易く霧散する。



20120605

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