Case8

今回は違う。
あの吸血鬼は、死神にそう告げたらしい。流石は死を言葉でしか感じることの出来ない存在、精々既視感を覚えるくらいが精一杯の連中とは異なり確かな記憶を持つだけあって、変化を察知する能力にも長けているようだ。


「キサラギ少佐!」


叫んだ名の持ち主とよく似た瞳の色、そればかりか顔の造形も同じと言っていいだろう二人。首に手を這わせるハザマを危険と判断したのか、少女はもつれそうになる足も気にせず駆け寄ってくる。


「ヴァーミリオン少尉、何か情報は掴めました?」
「情報?キサラギ少佐はここに、」
「少佐のではなく死神のですよ、少尉。確かに我々には少佐拘束の任が与えられていますが、少尉は死神の一件も任されていたような――…」
「し、死神の件は、…何も。ですがキサラギ少佐の傷を見るに、死神はここにいる可能性がたか…あれ?」
「少尉?」
「あ、いえっ!」


ジンからハザマヘと移った視線には明らかな疑惑が浮かぶ。ノエル=ヴァーミリオンにしては聡いものだ、隅でそう考えながら動作はジンを案じるように。まだ死なれては困る存在、まあ死神の名を持つ男の性質を加味すれば愛する身内を殺害する展開など、ないに等しいのだが。


「…ただえっと、あの。ハザマさんは、ここにいたんですよね?」
「そうですね。少尉にも支部を見ると伝えましたし」
「死神を」
「いいえ?」
「…そう、ですか」


脈はありますね、そう吐き出すと和らぐ表情。ジンが息をしているという事実にハザマは脈を確認していただけだという事実。その二つは、彼女を安堵させるには十二分な材料であったらしい。


「私は少佐を魔操船まで運びますので、少尉は引き続き調査をお願いします」
「畏まりました」
「まあ応急処置は施しましたし、死にはしないでしょう」
「――…よかった」
「本当に。ツバキ中尉も安心ですね」
「へっ?」
「顔に書いてありますよ」
「あ、ああ…」


苦笑を浮かべたかと思うと再び何か引っ掛かったような顔になる。こんなところで時間を取られては失敗作への道を辿ってしまうではないか。内心では舌を打ちながら尋ねると、ノエルは申し訳なさそうに声を上げた。


「無人、ですか?」
「ああ、その件。私も疑問に思っていたのですが、死神は支部襲撃の際統制機構の衛士を多数殺害しているって話でしょう?…これはその証明になるんじゃないかと、そう思うわけですよ」
「つまり、ラグナ=ザ=ブラッドエッジが…」
「はい。少尉が優れた戦闘能力を持っていることは知っていますが、気をつけてくださいね。相手は死神と称されるくらいですから」
「りょ、了解!」


一瞬不安そうな表情をしたものの、ノエルはすぐに衛士の顔を取り戻す。前の世界、途中で出くわしたツバキも似たような顔をしていた。

そしてナマエ。
彼女は、例に漏れず存在していない。世界をよく知る吸血鬼が違和を覚えるくらいだ、今回限りでこの世界とは別れを告げ新たな一歩を踏み出すのだろう。もう二度と、ナマエと言葉を交わすこともない。


「少佐をお願いいたします、大尉」
「はい」


だからどうした。
自分を生かす鍵が美しいならば、それだけで充分ではないか。



20120730

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