「なまえ様〜!それじゃあ寒いですって!」
「あら。ありがとう、くのいち」
どうぞ、と羽織を私の肩に掛けながら笑うくのいちに礼を言う。すると今度はその笑顔を苦笑に変え、頭を振った。
「なまえ様がお風邪を召されたら、幸村様が大変なので」
「ふふっ、そうね。私も幸村様にご迷惑をおかけしたくはないわ」
よく見ればこの羽織は幸村様のものだ。今くのいちが浮かべているのは悪戯っ子のような顔。
まったくもう、この子は。
「幸村様、そろそろお戻りですよね?」
「ええ。待ちきれなくて、思わず屋敷前まで来てしまったの」
数日前、幸村様は兼続様の屋敷へと招かれた。本日はお帰りになる予定の日だ。戦ほど長く離れているわけではないけれど、数日お顔を拝見しないだけで恋しくなるほど、私は幸村様を想っているようで。
「早くお会いしたくて堪らないわ」
「幸村様、驚きますよ!屋敷に入って暖を取れって煩いかも」
「まあ…あら、幸村様!」
間違いなくあのお姿は幸村様。嬉しくなって声を上げると、人影が反応を示す。
「なまえにくのいち!そなた達、何をしている!」
「幸村様のお帰りが待ち遠しく、つい」
「あたしは付き添いで〜す」
「寒空の下では体を冷やそう、中で待っていればいいものを…」
「あら、くのいちの予想通りね?」
「簡単ですよ」
「は?」
眉を寄せ不思議そうな表情を浮かべる幸村様につい笑みが零れる。
くのいちとそうして笑っていると、幸村様が私の手を取った。冷たい手、幸村様も私も、外気にすっかり体温を奪われてしまったらしい。くのいちもきっと、同じに違いない。
「…冷えている。くのいち、そなたは?」
「あたしは今出てきたばかりなので。あ、火鉢を焚いてありますけど」
「幸村様のお手が冷えているのやもしれませぬ」
「ん?ああ、それもあるかもしれぬが…」
珍しく強く私の手を握る幸村様に、大層心配をかけたのだと思う。当然申し訳なくはあるけれど、同時にとても嬉しくなった。こんなことを思っていては、幸村様に叱られてしまうかしら。
「でしたら暖を取りましょう?私共に、旅のお話をお聞かせくださいませ」
「なまえ様、どうせ奥方の自慢話ですって!」
「まあまあ。でしたら幸村様は、兼続様にどのようにお話されたのです?」
「くのいち!…まったく、そのような話はしていない」
渋るように顔を顰めたということは、それに近いお話はなさったということだろうか。であれば、内容が気になってしまう。
「…なまえが嫁いで一年が経とうとしていると。そういった話を、だな」
「結局なまえ様のことじゃないですか」
「まあ。私は嬉しゅうございます」
幸村様。
なまえはますます、貴方様を想うようになりました。
ずっと、出会ったあの頃よりも。
fin.
20110724