55

手を止めて黙り込むと宗茂さんはただ確認するように顔だけを私に向けて、小さく笑う。いい加減慣れたらどうだ、私は。


「こうして着付けてもらうのは久しぶりだ」
「…そう、ですね」
「ギン千代の着付けもやっていたのか?」
「はい」
「あいつも、出迎えくらい着飾ってもいいのにな」


まあ、らしくもないしあれでいいか。朗らかに笑いながら紡がれる言葉。そういえばギン千代さんが女性らしい着物を纏ったところは見たことがないなと思う。

見たことがないから想像がつかない。結婚式とは少し違うんだろうけど、そこでも着ていない、とかだったらどうしよう。ギン千代さんだから、ないとは言えない気も。


「あ。ギン千代さん、ですけど」
「ああ」
「宗茂さんの顔が見られて、嬉しいんだと思います。絶対に言わないけど」
「知っているさ。可愛いところだろう、ギン千代の」
「…宗茂さんのからかう基準がよくわかりません」
「そうかな?」


帯を強く締めてみるけど特に反応はない。やりはじめよりは随分と手際はよくなったし力も入るようになったものの、鍛え続けている人間相手では何の意味もないらしい。虚しいものである。


「照れるところが見たくてからかってる、とは思います。…でも、可愛いとも好きとも言わないですよね。その方が照れるんじゃ」
「そういえばそうか。特に意識はしていなかったが」
「……惚気?」
「ああ、成る程」


穏やかな空気だ。
だけど、本当に豊臣秀吉が死んだとして。関ヶ原が起こったとき、宗茂さんはどちらに味方するのだろう。私の知っている限りでは徳川家康が幕府を開くから、西軍に味方してしまえば。


「なまえ」
「…はい?」
「急に止まるからどうしたのかと。…そう」
「何でしょうか?」
「お前は、俺が無事で嬉しいか?」


宗茂さんは既に前を向いてしまったから、表情はわからない。当然私の表情だって、宗茂さんにはわからない。

好きは好き。
大きな違いは、この人の中には存在しないのだろうか。もう何度も考えては正解も見つからない問いだ。


「――…嬉しいですよ、すごく」
「うん」
「…何なんですか、宗茂さんって」
「何と言われても。さて、ならばギン千代にも、たまには素直に吐露してもらうとしよう」
「宗茂さんが素直に言えば、ギン千代さんも素直に言いますよ。…多分」
「素直だろう、何時でも」


この人はどんな選択をするのだろう。大切な彼女と、生き続けるのだろうか。



20111118

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -