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欲しいものはあるかと、私を小物屋まで引っ張ってきた宗茂さんは何でもないようにそう言った。最初はいかにも高級な店に連れて行かれそうになって驚いたものである。軌道修正出来たのはいいけど、結局私に物を買い与えるという目的を諦める気はないらしい。しかも、櫛限定。


「櫛、まだ使えますよ?だから大丈夫、いいです」
「そうもいかない。なまえ、親に会いたいか?」
「それはまあ…けど方法がないですし、見つかるまでは」
「そのためだ。謂れも馬鹿には出来ないからな」
「え?あ、あれですか?宗茂さんが嫌だって言っていた理由と何か―…」
「ああ」


並べられた櫛を見るように促されるけど、意味がわからないからどうしようもない。前は嫌だって、それでも私が必要としているからってお金を渡してくれたのに。そこそこ勝手だと思うところもあったけど、ここまで私の意思を無視するのははじめて、だと思う。


「…理由を教えてもらえるなら、考えます」
「櫛を贈る?」
「はい」


店主は宗茂さんを気にしていたようだけど、宗茂さん本人に「向こうに客がいる」と言われたら従うしかない。話し込む人を見るに、誰かに贈る櫛を探しに来たらしい。


「そうだな」

一拍。
桜、だろうか。花の描かれた櫛に触れてから、宗茂さんが口を開く。

「昔から、別れを招くと言われているんだ。櫛を贈ると」
「別れ?」
「ただ漠然と、なまえと別れるのが嫌で。だから俺からという形で渡すのは避けていたんだが…」


別れ。つまり宗茂さんに、会えなくなる。

本来ならこうして出会ったことがおかしくて、私もずっとここにいたいわけじゃなくて。だから帰ることができるなら、それは喜ぶべきことだ。出雲で頼みにしていた宗茂さんと暫く離れてから、宗茂さんと阿国さんが話し合っている間一人になってから、知り合いに会いたい気持ちはどんどん大きくなっている。それは、確かなのに。


「俺の我が儘になまえを巻き込むのは、間違ってる」
「わがまま、って…」
「大切だと感じる相手の望むようにしてやるのが、正しいだろう?」
「わたしは、」
「確実ではないにしても、一つのきっかけにはなるかもしれない。なまえが本来のあるべき場所に帰ることが最善、と。そう思うように努めよう」


優しく頭を撫でる掌。胸が詰まって苦しくて、涙が溜まっていると嫌でもわかってしまう。こんな店先で泣いたら駄目だ。店主に迷惑、宗茂さんに迷惑。宗茂さんはここ柳川の殿様なんだから、妙な噂を立てるわけにはいかない。泣いたら駄目。堪えないと。


「……嫌、です。いらない、ほしく、ありません」
「…なまえ?」


声が震えてしまう。
覗き込む宗茂さんは、私を案じるような表情だ。



20111104

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テーマ「人外ファンタジー」
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