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「なまえ」


畳を拭く手を止め俺を見上げるなまえの顔は少しばかり間が抜けていて、つい口許が緩んでしまった。ああ、こういう態度を、表情を見せるから「側室にでも」などと言われるわけか。なまえが側室。純粋にこの時代で生まれ育った人間なら考えたのかな。まあその場合、出会っていない可能性が高いんだが。


「城下に行きたい。供をしてくれ」
「私がですか?」
「だから声を掛けたんだろう。何を言っているんだ」
「いや、そう…ですけど」


いまいち要領を得ていない様子だ。確かに視察ならばなまえを連れていくのはそぐわないしな。随分と年月は経ているといっても、なまえにはこの時代一般の知識がない。まあ心配しなくても、政務として行くわけではないんだが。


「買い物に行きたい」
「…宗茂さんが?いつも頼んでますよね」
「気分の問題かな。行こう、なまえ」


でも、となまえが言い訳をしだす前に何か言葉を。妙に苛立つ自分に気がついて、内心驚く。何に焦ってる。必要はないだろうに。


「聞きたいこともあるから、なまえ以外は困るんだが」
「なら今…だって掃除もありますし、」
「俺の部屋だ、問題ないさ。後で手伝おう」
「宗茂さんが?」
「行くぞ」
「わ、」


なまえを引くにはそう力を入れる必要はないと知っている。なまえはギン千代のように粘らない。

そもそも、ギン千代の腕を引いたことがあったかさえ曖昧だ。あいつは女扱いされることを嫌っている上に強情、手を差し出したところで文句を言うか払うかで甘んじることはまずない。それも照れ隠しだと知っているから、可愛いものだが。


「もう抵抗は?」
「…しません」
「嬉しいから?」
「……はい」
「そうか」


視線を後方にやれば照れ臭そうななまえが見える。それでもしっかりと重なった手を握り、離す素振りを少しも見せない。これはなかなか嬉しいものだ。


「…一人だからな。寂しい思いをして当然だ」
「え?宗茂さん?」
「会いたくもなる」


帰してやる方法。
その手助けになるかは、わからないが。



20111102

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