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俺が唐へ遠征している間に帰ってしまうのならそれはそれ。この時代に生きているのが俺ならば、なまえにはなまえの生まれた時代がある。俺に家族や友があるように、なまえにも家族があり友がある。


「……俺は駄目だな」
「何だ、突然」


侍女として城内を走り回るなまえの姿を眺めながら隣の清正に声を掛ける。文句を言いながらも誘えばこいつはやって来るし、あとはギン千代の到着を待つだけだ。


「思い付きで周囲を巻き込んで船下りをすることか?…今に始まったわけでもないだろ」
「それは違う」
「…少しは反省しろよな」


そういえば。小田原で出会ってからもう数年は過ぎ、出雲大社を後にして幾らか経ったというのになまえを誘ったことはないな。元々側仕えとして連れて来たという体にはなっているし、なまえと俺が一緒にいても問題はないだろう。誘ってみるか。


「清正」
「あ?」
「自分の肉親に会えるのは嬉しいか?」
「それはな」
「…そうだな。俺も亡父に会えるのなら、嬉しいに違いない」
「どうした、さっきから」
「いいや」


俺はなまえの親を知らない。まあなまえも、俺の親を知らない。なまえは俺の友人や妻を知っているが、俺はなまえの友人や夫にあたるであろう人間を知らなければ会うこともない。異なる時代に生きているとはつまりそういうことで、こうして話すことも可能なのに交わることはない。一生。


「なまえに、会いたい人間はいるのかな」
「…お前じゃないのか?」
「違う。そうじゃない」
「嬉しそうにしてたろ、あの時」
「違うんだ」
「本当に妙だな、今日は」


出雲の巫女さんなら何か方法を知っているんじゃないか。確かにそう思ってなまえを預かってもらった。二度と会えなくなっていたとしてもそれは喜ぶべきことだ、生まれた時代に帰るというのはなまえの願いなんだからな。それなのに。


「…よし、なまえを誘ってくる」
「は?…誘ってなかったのか、まだ」
「驚くことか?」
「肩入れしているように見えたからな」


大社を見上げるなまえを見付けたとき、すり抜けることなく抱きしめられたとき。間違いなくこの世界になまえが存在していると感じたあの瞬間、安心したんだ。不謹慎にも。



20111029

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