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落ちたらどうしようという恐怖と、感じる体温に少なからず抱いている喜び。すっかりと見慣れた着物姿の宗茂さんの背中に頬を寄せ、高鳴る自分の心臓に思わず呆れてしまう。

言わないくせに宗茂さんに勘付いてもらえたらと思っている辺り、私は卑怯だ。


「安全を心掛けているから、そう力を入れなくても平気だ」
「…はい」
「船旅自体疲れただろう?無理はするな」
「いえ!…あの、どうして出雲大社に?」


出雲の話が出たのは阿国さんと大阪で出会ったあの時だから、出雲大社が阿国さんの奉仕している神社なんだろう。確か勧進の旅をしている、と言っていた気もするけど、阿国さんはお社にいるのかな。


「暫くお前を置いてもらおうかと思ってな」
「え?」


私の声が余程不安げだったのか、返答を耳にした宗茂さんが笑ったのがわかる。


「別に世話が嫌になって破棄するわけじゃないさ。ただ、城を空ける用が出来た」
「…待てますよ?」
「何か頓狂な質問でもしてみろ。お前は一応この時代に生きる、俺に気に入られて奉公にきた侍女なんだ」


ああ。
確かに私の事情を知っているのは宗茂さんと阿国さん。ギン千代さんもそうだけど、彼女は宗茂さんに聞いただけだから。いや、柳川に行く前に来ないかと誘われはしたし、ギン千代さんに特別問題があるとは思えない。それに宗茂さんだって阿国さんから聞いて知ったんだから似たようなものじゃないか、と、思う。


「ギン千代に託したら、返してもらえるか微妙だしな」
「何ですか、それ」
「それに、戻った時に鍛え抜かれて似たような性格になっていたら大変だろう」
「奥さんですよね…?」
「好きではあるが、同じ性格が二人はな。ギン千代は昔から知っているから可愛く思える、というのもあるかもしれない」
「……はあ」


少し、嫉妬してしまった。
宗茂さんとギン千代さんには私では計り知れない時間があって、交流がある。それをなかったことにも越えるような深い繋がりを築くことも、無理に違いない。宗茂さんは細かい点にこだわる人ではないみたいだし、今の発言にも特別な意味はないんだろう。


「昔からお前を知っているわけじゃないが、お前はそうだからいいんだ、なまえ」
「そうって、例えば?」
「照れ屋だったり、よく俺を探していたり。…うん、なまえが宗茂さんと呼ぶのが好きだから、やはりそのままでいてもらおう」



呼び捨てにされたら存外傷付くかもしれない。

笑い混じりに響いた声も、堪らなく好きなんだと思った。



20110926

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