「兄上は童ですか」
呆れたように眉を寄せそう吐き出した直次に、俺はただ瞬くしかなかった。とっくに元服は済ませているし、童と呼ばれるような歳でもなければ見てくれでもないと思うんだが。意図が読めず首を傾げると、眉間の皴が増える。普段は可愛い弟がどうしたのか。こうも顕著に表情に乗せるのは実に珍しい。
「…いいや?」
「まさか。童ですよ、間違いなく」
「根拠は?」
「どうぞ」
淡々と紡ぐ直次が差し出したのは数日前に俺がやった文。確かなまえにも見せていたような気がするが読めたんだろうか。そういえば、なまえは。
「直次」
「兄上が鍛練を終えられる頃合いとのことで、手水と手拭いを取りに行かれましたよ」
「なまえが?…そうか」
ああ。そういえば昨夜、今後は鍛練に同行するように、終わる頃合いには汗を拭えるものを用意するようにと言っておいたんだったか。成る程、なまえは自分自身の役目を果たしに行った、と。
「それで、兄上。お読みください」
「自分で書いたものをか?」
「いいから」
表情もだが語気が荒いのも珍しい。何となくギン千代とはまた別に面倒になりそうな気がして、大人しく指示に従うことにする。俺が書いたそのまま、柳川に遊びに来いという怪しむ必要のない文面だ。
「誘いだな」
「なまえ殿に関してです」
「うん?それはまあ、新しい侍女が増えたからお前に知らせておこうと。来てから尋ねられるのも面倒だろう」
「そうとしても、彼女の名さえわかれば充分ですよ。まるで惚気を聞かされているようだ」
「惚気?」
妙なことを言うものだ。
俺は顔を見てなまえだとわかるように説明をしただけで、別段惚気たわけじゃない。そう感じる要素はないと思うんだがな。
「これまで、側仕えが増えようと知らせを寄越したことなどないでしょう?殊になまえ殿。判別として名と容姿は納得できますが、性格や表情、瞳の色合いなど長く書き連ねられましても」
「付き合う上では必要だろう」
「兄上と私の感じ方には差異が出ましょうに。鍛練におきましても、話せとおっしゃったのは兄上にも拘わらず気にしておいでで」
「上手くやっているかを気にするのは、妙か?」
「とてもそのようには見えませんでしたよ」
間怠っこしい。言いたいことがあるなら告げてしまえばいいものを、直次は何を躊躇っているのか。なまえは緊張した面持ちだったな。まあ直次とはそれなりに上手くやったようだが。
自分が面倒を見ると決めた相手の様子を気にかけるのは、別段おかしくはないだろう。それに直次も可愛い弟だ。観察をしていて不思議はない。
「視線も文面も、まるで兄上が恋い慕っているように感じられて仕方がない」
「恋い慕う?なまえをか」
「お心当たりは?」
何処か覚えのある視線だと思えば、なまえのことを説明した時のギン千代だ。反論のないあいつに疑問は抱いたが、ギン千代も同じようなことを感じたのだろうか。
「……どうだろうな?」
確かに、守ってやりたいとは思っているが。
20110823