29

私が髪を梳かしていると感じる強い視線。誰かはわかる。この部屋には私以外、その人しかいないのだから。


「…宗茂さん、何か?」
「何も?仕種を見ているだけだ、気にするな」
「そんなに見られたら気になります」
「目が合っているわけでもないのに?」


宗茂さんの言うように、私は宗茂さんに背を向けているので目が合うことはない。ついでに、布団は離せるところまで離している。別に元々くっつていていたわけでもないし、まあ悪足掻きでしかないけれど。

宗茂さんは、そんな行動を毎夜繰り返す私を見て嫌悪も呆れもせず可笑しそうに楽しそうに笑うのだ。勿論、新たな部屋を用意することもなく。


「楽しいですか?何の変哲もないと思いますけど」
「不思議と一種の妖艶さを感じてね。いい刺激になるな」
「…………」


思わず動きを止めると微かな音が聞こえて、背後の彼が笑ったのだと理解した。冗談、何を言い出すのだろう、この人は。


「なまえ」

普段より甘やかに、囁くように呼ばれた名前。何とか再開しようとして、櫛が手から滑りそうになる。

「なまえ」
「宗茂さ、」


ずしりと背後に重みを感じて、まるで拘束するように両腕が前に。耳元にかかる息、首を擽る髪。伸しかかられた際の小さな衝撃で、櫛が畳に滑り落ちた。


「あっ、あのっ…!」
「ん?」
「かみ、髪を、ですね」
「うん」
「櫛が落ちて、」
「大丈夫だ。壊れてはいない」


甘い甘い声に肌が粟立つ。暗がりでもこれだけ近ければ表情を窺うことが出来るから、何とか宗茂さんと目を合わせないように彼を見ないように必死になった。押し倒されるわけじゃない。期待しているのかと自問すると私を抱きしめたまま宗茂さんが後ろに倒れてしまい、まるで抱きまくらだと思う。


「きゅっ、急に、」
「何もしない」
「そんっ」
「静かに」


人が来たら困る。再び囁きながら私の口を塞ぐ宗茂さん。困る。困るってなんだ。冷静になろうとすればするほど混乱してきて、動きもしない腕を動かそうとばたついてみる、無駄なんだけど。


「……心音が速いな」
「っ、」
「何だ?」


答えようにも塞がれては何も言えない。と、微かに漏れた声を拾うように更に抱きしめられた。だめ、ますますおかしくなりそう。


「なまえ、何もしない」
「……」
「お前が怖がることはしない。泣くこともしない」
「…っ、」
「だから、一夜くらいはいいだろう?」


甘さを残しながら何処か柔らかさも感じる音。それが体の中に入り込んだ途端、拘束のようだと思っていた腕が私を包み込んでいるようだと感じた。つい何度も小刻みに頷くと、言葉を塞き止めていた掌があっさりと離される。


「…狡いです、宗茂さんは」
「俺はなまえも狡いと思うが」
「宗茂さんには敵いません」
「そうかな?」



私が勝てる要因なんて一つもないと思うけど。

回された腕に視線を落として、考えた。



20110803

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