堪えてはいるらしいけど体が揺れてる。笑ってるよね、これ。
「…笑わないでください」
「悪い。いや、なかなか結べないなと思うと」
「やったことないって言いました!」
さっきから帯を結んでは解くという作業を繰り返している。誰かを呼んでください、自分でやってくださいの意見をことごとく無視し、宗茂さんがしつこく私に挑戦させているのだ。流石に回数を重ねたから慣れて、あ、いい感じじゃないかな、今までで一番。
「どうですか?」
「うん。出来たな、ちゃんと」
「よしっ!」
やっと解放される。力を入れていたからかすっかり怠くなった腕を揉みほぐそうと動かしかけたところ、突然伸びた宗茂さんの腕に阻止されてしまった。掴まれた、何で。
「…宗茂さん?」
「仕事をしたなら報酬が必要だ」
「いや、仕事って呼ぶようなものでは…」
「なまえには大仕事だろう」
「そこまででは」
「好きな物を買うといい。俺も案内役として付き合おう」
手に落とされた数枚の、お金だ、これは。いやいやいや、帯を結んだ程度でお金をもらうのはどうなんだ。私にはこれの価値がわからないから、いくらなのか計算も出来ないけど(言われても謎だ)。
「受け取れません!いただく理由がないですよ!」
「受け取ってもらわないと困るな」
「だって、たいして何も」
「何も?これから俺の着付けや身の回りの世話はなまえにやってもらうんだ。その給金だろう?」
「え?…い、いますよね?」
「分担すればいい」
だから受け取れと言うように私にお金を握らせる。給料、って。前払か、所謂。
「櫛は買えるだろう。そう高価な物でなければ、だが」
「櫛、ですか?」
「ずっと手で梳くのもな」
「ああ…成る程」
大阪の市を見たとき確かにほしいとは思った。手櫛だとしっかりは梳けないし、あれば便利だとは。それに気づいていたんだろうか、宗茂さんは。ただ渡しただけでは受け取らないと思って仕事を与えたとか、どうなのかな。
「こういう時はどうするんだ?」
「…ありがとうございます」
「それでいい」
抱えてもらったあの時も、謝られるよりお礼が嬉しいと言っていた。なら、断り続けるよりも受け取ってお礼を言うほうが喜んでもらえるかもしれない。申し訳なさは当然あるけど、それならよくしてくれる宗茂さんに恩返しをしていくほうがずっとずっと、いいはずだ。
「一つ教えておこう、なまえ」
「はい」
「民の声を聞くために視察をするのも大切だ、何も仕事を放っているわけじゃない」
「…思ってないです、そんなこと」
「そうか。まあ単純に、なまえに柳川を見せる役目を俺以外に任せたくないだけとも言えるがな」
息が詰まる。
改めて握りなおされた手と言葉に、顔が熱を帯びてきた。
20110727