宗茂さんがギン千代さんの許へ通っているのか。それを尋ねると「まったく会わないわけではないが、通うというほどでもない」と返されてしまった。何だ、芸能人の常套句である性格の不一致ってやつか。
言い合いをしている場面しか目にしてないから、私の中での信憑性は確かだけど、呆れつつも宗茂さんのことを話すギン千代さんは相手を心底嫌っているようには思えない。平安時代のようにあれ、通い婚なのかと思ったのにこれも違う、ようだ。
「…寂しくならないですか?」
「寧ろ、たまに会うくらいが丁度いい」
「はあ。…何で」
「立花山城を離れたくはなかったからだ」
「はあ」
詳しく聞いてみると、去る九州征伐での功績が讃えられ、立花は柳川に移るようにと豊臣秀吉からご達しがあったらしい。宗茂さんは従い準備を進めていたようだけど、父親が守ってきた立花山城を離れることにギン千代さんは猛反対。結果、別居に至ったとか。
立花家当主としての誇り。
宗茂さんが当主なんじゃと尋ねると、どうやらギン千代さんも正式に当主となる手続きを踏んでいるんだそうだ。つまりは実質、立花家の当主は二人、ということなのだろうか。
「宗茂さんが嫌いなわけでは」
「別に嫌いではない。人の話は聞かないし、面倒な男だとは思うが、立花を支える者として信頼はしている」
私から視線を外して答えるギン千代さんは少しだけ照れているようにも見える。多分、宗茂さんに伝えたことはないんだろうな。何となく宗茂さんならわかっている気もするけど。あれ。でもそれって、私の気持ちも知られているということだろうか。別に知られて不味い感情ではない、けど。
「どうした、なまえ」
「…いえ、何でも。そう、ギン千代さんも当主って、宗茂さんと夫婦になってから?」
「いや。元々私が家督を継いでいたのだが、宗茂が婿養子として立花に入ってからあいつが継ぐことになった」
「婿養子っ!?」
「ああ。宗茂は高橋の嫡男で――これも…まあ、話す必要はないか、確かに」
あまりにも淡々と語られるものだから、驚いている自分が変なのかと思ってしまう。婿養子。婿養子って何となく立場が弱いイメージだ。宗茂さんを見ているとそうは思えないけど。
「…柳川に行ったら、宗茂さんと過ごすことになるんですか?」
「城の者もいるから二人、ということはないがな。だから尋ねたんだ、私は」
ギン千代さんに申し訳ないというより、果たして自分が落ち着いていられるかが心配になってきた。
それでも何かあれば宗茂さんを探してしまうのは事実で、私にとって、宗茂さんの側が一番安心出来る場所なんだろう。
「…行きたい、です」
「…そうか」
「奥様の前で言うことでもないと思いますけど」
「気にするな、構わん」
私がギン千代さんと行きたいと言えばきっとギン千代さんは連れていってくれる。ギン千代さんは女性だし、確かにその方がいいとは思うけど。
「そろそろ帯を整えるか。宗茂と清正が様子を見に来るだろうしな」
「ありがとうございます。…あと、すみません。我が儘で」
「いいや」
それでもやっぱり、宗茂さんといたいというのが、本音だ。
20110721