22

おいで、と両手を広げる宗茂さんに縋るように手を伸ばす。それが、意識を手放す前の最後の記憶だ。その後は慌てた清正さんとギン千代さんの声、随分と慣れてしまった宗茂さんの香りが染み込んで来たような気がした。


「………んっ」
「目が覚めたか」
「…ギン千代さん?」


ここは、室内だ。柳川の城だろうか、それとも屋敷。まだ見回す気力はなくてぼんやりとギン千代さんを見ていると、彼女の表情が少しだけ和らぐ。


「起きるな。着物が開けるぞ」
「え?」
「帯を解いておいた。…少しは楽になったか?」
「……ああ」


だから腹部の圧迫感がなくなったのか、成る程。

確か、私は船酔いしたんだ。だけど船の上、動き出したものは仕方がないし、まさか海に飛び込むわけにもいかないので、猛烈な吐き気と戦いながら横になっているしかなくて。最初は笑っていた宗茂さんも流石に心配になったのか、港に着くまでの間ずっと隣にいてくれた。快く思っていないんじゃと心配していたギン千代さんも気にかけてくれたし、清正さんも。何と申し訳ないことか。


「ここは?」
「港近くの宿だ」
「宿…」
「今日は、ここで一泊することになった」
「…すみません…」
「何故謝る?あまり眠っていないと宗茂も言っていたしな。仕方あるまい」


ギン千代さんから零れた単語に心臓が跳ねる。

船に乗る前日。
私の頬に触れた宗茂さんは、ただ綺麗だと吐き出した。何をするわけでもなく、真っ直ぐに私を見詰めていた。その余韻もあったし、まさか一晩を同じ部屋で過ごすことになるとも思っていなくて、あの夜はまったく寝付けなかったのだ。宗茂さんはあっさりと眠ってしまったけど。

何か起こることを期待したわけじゃない。それでも寝転ぶことすら出来ず、なるべく宗茂さんから離れた位置で膝を抱え、その背中を見続けた。つまりまあ、自分が原因の寝不足だ。


「なまえ、とか言ったか」
「はい」
「貴様は柳川に行く気か」
「…えっと。そうしたい、とは思っています…けど。勿論あの、ギン千代さんのご迷惑にならないのであれば」
「私の迷惑?何故?」
「宗茂さんの奥様なので…」


何故、ギン千代さんは不思議そうな顔をしているんだろう。宗茂さんに許可をもらってもギン千代さんがよく思っていないなら行くべきではない、そう考えるのは変だろうか。普通、だと思うんだけど。


「確かに私は妻ではあるが、そんなことでいちいち了承を得る必要はない」
「え?でも普通、しかも知らない女ですよ?」
「あいつは私の言うことなど聞かん。大方、なまえにも私のことは話していなかっただろう」
「……まあ」
「まったく…」


ギン千代さんが眉を寄せた。言うこと聞かないって。ギン千代さんの言い方はまるで我が子に呆れる親、手のかかる子供に対しての発言に思える。


「本当にあいつと行くのか?」
「あいつと?いや、だから…」
「それならまだ私の方が都合もいいと思うが。あいつでは気の回らぬ…まあ、侍女もいはするがな」
「ギン千代さんと?あの、どういう意味ですか?ギン千代さんと宗茂さんは」
「これも―…いや、私のことを話していないなら当然か。……私と宗茂は、共に暮らしてはいない」


え。聞き間違いかと思い黙ってギン千代さんを見詰めてみても、顔色一つ変わらない。至って真剣だ。


「通い婚…とか?」
「は?」


別居中ってことですか。



20110419

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -