「真田家の、幸村様の妻として、しっかりと務めさせていただきます」


宜しくお願い申し上げます。

三つ指をついてお辞儀をすると、困惑したような気配を感じる。気になる、とても。しかし、夫の許可もなく面を上げるのもいかがなものか。姿勢をそのままに思案していると、「顔を上げて」という言葉と共に控えめに、肩に触れる手があった。


「何もそう、畏まらずとも」
「そうも参りません。貴方様は私の夫。妻とは夫を立て、支える者にございます」
「この部屋にはそなたの親族も、私の親族もいない。夫婦の時なのだし、気を楽にしてくれていい」


婚姻の儀を終え、晴れて私は真田幸村様の妻となった。幸村様がどのような方かは聞き及んでいたけれど、お姿を目にするのは初めてのこと。何とも爽やかなお方だろうか。


「…まあ、そう言っている私自身、迷っているのだが」
「迷う?」
「私とそなたは夫婦で。勿論、夫婦となったからにはそれぞれに役目がある。家として、夫として、妻として、果たさねばならぬ儀が。しかし、」


幸村様はそこで言葉を切り、瞳を泳がせる。気を楽にとおっしゃったけれど、緊張しているのは幸村様ではないだろうか。

私も、力が入っているのは確かだけれど。


「…幸村様、これも夫婦の務め。私は幸村様の、真田の血を引く男児を産まねばなりませぬ」
「ああ。だが、…こんなことを言えば変わり者だと思われようが、私はそなたを子を成す政治の駒とは見たくない」


そっと。肩の手が下りてきて、私の掌に重なる。困惑したような笑み。言葉を交わしてまだ一日と経っていないにも拘わらず、急に目の前の幸村様が愛おしくなる。


「……幸村様。私はとても安心しました」
「安心とは」
「こうした婚姻の形を悪しとは思いませぬ。…一つの運試しのようではありますが、私は幸運ですのね」
「そう感じてもらえたのなら、よかった」
「幸村様、一つお願いがございます」
「何だろうか」


私の手を覆う幸村様の手。更に片方を重ねると、幸村様は一瞬驚いたような顔をした。


「私の名を呼んでくださいませ」
「……なまえ」
「はい」
「…ではなまえ、私からも一つ」
「何でございましょうか、幸村様」


尋ねると触れる程度の口づけをされた。何故だろう、長きに渡り焦がれていたわけでもないのに、求めていたものを漸く手にした気分だ。とても、あたたかい気持ちになる。


「明日目覚めたら、笑って挨拶をしてほしい」
「まあ…それは勿論、喜んで」



願いとしてそのようなことをおっしゃるなんて、幸村様は可愛らしくもあるようだ。



20110720

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