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失礼があっては大事ですので。宗茂さんは豊臣秀吉にそう言って、私の名前だけを伝えると押し込むように調理場に置いていった。まあ、料理なら。一人暮らしだし。それでも勝手の違う世界では、煮たり切ったりお酒を持ってきたりと無難な行動しか出来ないんだけど。

何、ちょっとの無礼も愛嬌じゃて。

ニコニコと(ニヤニヤ、だろうか)笑いながら寛容さを見せた豊臣秀吉にも宗茂さんは「私が堪え難いのです」と沈痛な面持ちで押し通した。調理場の長と思われる女性に「こいつを頼んだ」と一声かけ、秀吉様には気をつけろと慣れたように頭を撫でて去った宗茂さん。気をつけろとは、どういう意味だろう。


「お酒、持ってきました」
「ありがとね。じゃあそこに置いといて。持って行かせるから」
「お忙しいですし、私が行きましょうか?」
「駄目だよ!あんたはここに留まらせるようにと仰せつかってるんだから!」
「……はい」


手伝う、といっても。
さっきからこれの繰り返しで、正直手伝えている気がしない。結局またお酒を入口まで運ぶだけだ。そこからは別の人が持って行ってしまう。


(…宗茂さん、どうしてるかな)


言い付け通り調理場から出ないなら、顔を覗かせるくらいは。暑いから涼みたい、担当している人達は凄いな。


「いい子だな。ちゃんと守っているじゃないか」
「…宗茂さん」
「まあ宗茂様!何がご所望の品でも?宗茂様自らご足労いただかなくとも、呼び付けてくだされば!」
「いや、なまえを見に来たんだ。…この酒をもらっても?」
「ええ、ええ!どうぞお持ちくださいませ!」
「来い、なまえ」
「え?」


腕を取られ、微笑まれる。
顔が熱くなった。これはそう、調理場の熱だ。宗茂さんから視線を外しつつ自分に訴え、何とか気を落ち着かせようと試みるけど難しい。腕を掴んでいた掌は、いつの間にやら私の手を握っている。


「う、宴は」
「酔いが回ったから休みたいと言っておいた。まあ、三成は疑っていたがな」
「…そうですか」


天下人、と呼ばれている人の宴を抜けたりして問題ないんだろうか。どう尋ねたらいいかわからず宗茂さんを見ると、「酔って馬鹿騒ぎになっているから、心配ない」と零された。伝わった、らしい。


「今日はいい空だ。ギン千代に説教を食らった場所の景色が見事でね、そこに行こう」
「私と?ギン千代さんじゃないんですか?」
「なまえとだ。問題か?」
「い、いいえ。宗茂さんがいいなら、いいんだと、思います」


悪気や後ろめたさなんて少しも感じない表情。隠すことが上手いのか、これっぽっちも罪悪感を抱いていないのか。どちらにせよ問題というか、感覚が違うんだろう、私と宗茂さんでは。


「まあ座るものといったら岩しかないんだが、構わないか?」
「はい、大丈夫です」
「嫌なら俺の膝にでも座るといい」
「だっ大丈夫って言いました!!」
「ふっ、冗談だ」


こっちだ。繋がったままの手を軽く引いて、歩くように促す。そんなことをしなくてもちゃんと歩くんだけどな。何だか、子供みたいだ。


「月が見える」
「わ、本当ですね」
「さて。なまえは俺の侍女なんだし、酒くらいは注いでもらうとしよう」
「…零しても恨まないでくださいね?」
「それくらいで気を悪くはしないさ」



宗茂さんの手は大きい。
こうして包まれてしまえば私なんて簡単に隠れてしまうんだと思うと、心臓が苦しくなった。



20110713

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テーマ「人外ファンタジー」
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