18

戻ってきた侍女は島さんと石田さんを見ると驚き、「俺がやっておく」という島さんの発言に更に目を丸くした。代わりにと渡された酒を大事そうに抱え何度も頭を下げて退出する姿はまだ頭に残っている。私が侍女に見えないのも当然だ。

そして島さんに薬を塗ってもらい、新たな布も巻いてもらった。石田さんは物好きとでも言いたそうな表情を浮かべていたけど、こうして宴に向かう今はさり気なく私に歩調を合わせてくれているらしい(島さんがにやついているから、そうなんだろう)。優しいところもあるのか。


「こういった経験はないですか?」
「は、はい」
「醜態は曝すなよ」
「…頑張ります」
「殿、怖がらせてどうするんです」

豊臣秀吉、か。ホトトギスを鳴かせてみせる人だよね。

「そこで宗茂に引き渡す」
「秀吉様の御前で?」
「まだ時間はあろう。その前に渡して処理させればいい」


処理って。石田さんの言葉に突っ込みたいけど我慢我慢。悪気はないんだろう、多分。


「この状況、気に入らないでしょうねえ」
「…ギン千代がか?」
「宗茂殿が、ですよ」
「宗茂さんが?」


島さんはよく笑う。微笑みというよりは企んだような笑顔、だけど。


「なまえさんの着物を選んだ時も、些か気を悪くしていたでしょう」
「そうですか…?」
「仲がいいな、なんて言ってましたし」
「え、それ以外の意図は感じませんでしたけど」
「こう言っちゃ何ですが、なまえさん。あんたよりは付き合いもありますからね?」


嫉妬、と言いたいのだろうか、島さんは。

まさか。
だって宗茂さんには奥さんがいるんだし、出会った日だって宗茂さんからすれば意味のわからない言動ばかりだったから、無視をするのも躊躇われただけだろう。柳川に誘ってくれたのだって事情を知っているのが自分と阿国さんだけであり、私が宗茂さんといることを望んだからだ。


「それなりに信頼していただいて構いませんよ。少なくとも、なまえさんの考えよりは」
「…うーん」


つまり宗茂さんの意思ではなく、私の意思を汲んでくれただけであって。あ、そういえば、どうして助けてくれたんだろう。


「頭の働きに似合わぬ思案は止めておくのだな」
「……石田さんって口が悪いですよね」
「何?」


うわ、しまったつい口が。
眉を顰めた石田さんに全力で謝りたい衝動に駆られる。すみませんでした調子に乗りました。石田さんに口答えなんてするべきではないです、はい。


「あー…いえ、あの。こ、個性なので、…私が気にしているというわけでは、ほら、誤解されてしまうんじゃないかな、と」
「……すまなかったな」
「は、…え?」
「自覚はある。あまり思い悩むな、と言えばいいか」


これはまた、意外な。
石田さんって不器用なのかな。口も態度も褒められたものじゃないのは確かだけど、ただの嫌味な人、ではないらしい。


「…ありがとうございます」
「いや」
「えっと、私もごめんなさい」
「……いや」
「殿、すっかり仲良しなところ申し訳ないんですが、宗茂殿が複雑な顔してますよ」


宗茂さん。島さんは今、宗茂さんって。石田さんに向けていた顔を勢いよく動かすと、私には特に変化の感じられない宗茂さんの姿。ギン千代さんは、何処だろう。


「宗茂さん!」
「…ああ、処置をしてもらっていたのか。姿が見えなかったから驚いた」
「あの、ギン千代さんは?」
「洗い浚い話したら勝手にしろと言われてね。忠勝殿と稲姫…だったか。二人のところへ」
「……まあ、」
「信じてはくれたようだが。霊験あらたかな出雲大社の巫女に言われたとなれば、当然かな」


そう言って微笑む宗茂さんに安堵が溢れ出した。島さんも緊張はしないけど、やっぱり宗茂さんが一番安心出来る。


「誰かが連れて来るとは思ったが、まさかお前達とは」
「申し訳ない。宗茂殿のお役目を奪ってしまいましたな」
「…一応、礼は言っておく。三成に泣かされなかったか、なまえ」
「何故俺だ」
「顔も態度も恐ろしいだろう、お前」


着物の袖を引かれる。横に来い、ということだろうか。


「おやまあ。なまえさんは余程宗茂殿を信頼しているとみた」
「当然だな」


選んだ答えは正解だったみたいだけど、宗茂さんは未だに袖を掴んだままだ。



20110706

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