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どうしたものかと立っていると女性に声をかけられた。確か、着物選びの時に手伝ってくれた侍女の。

今は宴の準備をしているらしい彼女は、私の足を見ると慌てて空いている部屋に通し、薬を取りに行ってしまった。

大人しくしていよう、一先ず。あの様子だと宗茂さんはまだ戻らないだろうし、勝手のわからない場所を一人で動き回るのは危険だ。迷子になってまた余計な事態を招くのはよろしくない。今は、宗茂さんもいないんだし。


「…うわ、皮剥けてる」


宗茂さんにも言われたけど、こうして目にするとなんと痛々しいことか。どうですか、と尋ねた時に曖昧に笑ってたのはこれだったんだと今知る。

捲った布には血が滲んでいて、宗茂さんに抱えてもらってよかったと改めて思った。会ったらお礼を言っておかないと。


「おや、随分と痛々しいですね、なまえさん」
「島さん。…と、石田さん」


苦笑を浮かべる島さんの手には、何だろうか。じっと見詰めていると「ああ、酒ですよ」と幸せそうな笑顔で言われてしまった。


「お酒ですか」
「ほら、もうじき宴でしょう?折角なら酒を選んでしまおうかとね」
「俺が付き合う意味がわからんがな」


止められたにも拘わらず運んで。呆れたように吐き出す石田さんは、その声色と同じく呆れた表情だ。私なら思わず謝ってしまいそうな顔だけど、島さんは少しも動揺していない。尊敬してしまいそうになる。


「…成る程。それで慌てた様子だったわけか」
「慌てた?」
「いやね、侍女がちょっと。なまえさんの治療のために急いでたんですよ」


声をかけてくれた人だ、きっと。知り合って間もないし私も侍女ということになっているのにそこまで。おねね様が何か言ったのか、それとも宗茂さんの関係者だからだろうか。単純にお客様という扱いになるからとか。確かに、目の前で怪我をしている人を見てしまったら気にはなるけど。


「宗茂はどうした」
「…えっと、話があるとかで」
「誰と」
「奥方じゃないですか?般若のような形相で歩いてたでしょう」
「…そういえば」


奥方。
島さんから零れた言葉につい反応してしまう。その単語が意味するのは、奥さん。奥さんといったら女性で、さっき宗茂さんを睨んでいたのも女性だ。そういえば名字も立花だった。ギン千代さんは、奥さんなのか。宗茂さんの。


「足が痛みますかい?なまえさん」
「え?あ、いえ。大丈夫です」
「ほほう。ま、罪作りな殿方ですな」
「…はあ」


島さんの指摘に嫌な感じで心臓がざわめいた。違いますよ、島さん。宗茂さんは私の恩人で、優しい人で。性格に多少の難はあるかもしれませんけど、素敵です。素敵というのも憧れで、恋愛の感情ではないです。だから島さんが思っているようなことでは、ないと。


「何を言っている、左近。それよりも貴様、己が仕える主の妻も知らんのか」
「あ、…その、小田原で出会ったばかり、なので」
「…理解に苦しむ」


石田さんはこういう顔しか出来ないんだろうか。清正さんもなかなか仏頂面だけど、石田さんよりは表情豊かだ。いや、石田さんも豊かではあるけど、負の方に豊かなんだよね。


「殿の言い分は左近にも理解は出来ますよ。しかしまあ、元来どこか変わった御仁でしょう、宗茂殿は」
「ああ、違いない」
「…と?そういやなまえさん、あんたは何だって小田原城の近くになんていたんです?戦があることは承知でしょうに」
「何だって……って、」


困った。
妙なことが起こらないよう彼女が戻るまで大人しくしていると誓ったのに、害が向こうからやって来た。



20110705

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テーマ「人外ファンタジー」
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