15

「ギン千代」


凄まじい形相で近付いて来る女性に動じることなく、寧ろ軽やかな笑みさえ浮かべた状態で宗茂さんは何やら単語を零した。

ギン千代。
聞いたことのないそれは女性の名前であり、宗茂さんと何らかの関係にある人、なんだろう。私は抱えられたままで大丈夫なんだろうか、修羅場になったらどうしよう。


「勝手に行動するだけでは飽き足らず、女まで攫ってきたのか」


おお、更に恐ろしい顔に。
ギン千代さんは何か勘違いをしているような気がする。しかし相変わらず、宗茂さんには一つの動揺も見られない。この人、取り乱したりするのかな。


「攫ってはいない。保護した、と言えばいいのかな」
「保護?」


ギン千代さんと目が合う。宗茂さん、絶対に疑ってますよ、ギン千代さん。いやまあ、疑うのが普通ですけど。


「親がいないんだ。頼る相手もいないらしくてな」
「身請けでもしたのか」
「そうじゃない。らしくないな?どうした」
「…別に。立花ともあろうものが、人攫いや女郎に現を抜かしていては恥だと思ったまでだ」
「それはそれは」


ギン千代さんは今、立花と言った。立花は宗茂さんの名字。ギン千代さんも立花の人なのか。だから宗茂さんは名前でいいって。


「それで、何故その女を抱えている」
「足を痛めてな」
「…ここまで歩いて来たのか?」
「まあ、そんなところか」
「おい、貴様」
「はっ、はい!」


力強い瞳。凛々しい顔立ちのギン千代さんに睨まれると、石田さんや清正さんとはまた違った恐怖を感じる。宗茂さん、宗茂さんが私を下ろしたらギン千代さんも少しは穏やかになってくれる気がします。余計なことを口にしてはよくないことが起こりそうなので黙っておきますし、宗茂さんを見たりもしませんが。


「何故大坂に来た。夫を訪ねにでも?」
「夫!?い、いえ、」
「…戦で亡くしたか」
「いやあの。夫自体、いたことないです」
「は?」
「……え?」


途端に目を丸くして驚きを露わにするギン千代さん。わけがわからず視線だけ宗茂さんに送ると、宗茂さんも何故か驚いている。

私は何か、変なことを言っただろうか。確かに私の歳なら結婚している人もいるだろうけど、未婚者の方が多いと思う。周りの友達だって、彼氏はいても旦那はいないし。


「なまえ、お前未婚なのか」
「え?は、はい。…普通ですよね?」
「普通…少なくとも、俺達の常識では普通じゃないな」
「はい?」


そういえば、ここは私が生きている時代じゃなかったんだ。戦国時代。確かこの時代は十五で成人扱いなんだっけ。それくらいで結婚していて当たり前、だったか。


「宗茂、この女は何だ?」
「身内を戦で失った、寄る辺のない女だ」
「……話がある。来い」


恐ろしく淡々とした口調と光の宿らぬ瞳でそう告げると、ギン千代さんはさっさと背を向けて行ってしまう。ああ、事情聴取だ。間違いない。


「………なまえ、お前を連れていくわけにはいかなそうだ」
「……はい。ここで待ってます」
「正直に言うしかないかな。…信じるかどうか」


そっと私を下ろして髪を梳く。その何気ない仕草にまた、心臓が跳ねた。


「ご迷惑をおかけします、つくづく」
「構わないさ」


ギン千代さんの後に続く宗茂さんの背中を見ていると、急に虚しさが込み上げる。十五なんて数年前に過ぎ去った未婚の私は、ここでは所謂行き遅れ。だから二人は驚いていたんだ。


「まだ二十になったばっかなんだけど…!」



そういえば、宗茂さんも私が結婚しているものだと思っていたのか。

夫がいる相手にもあんな態度って、どうなんだ。



20110702

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -