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「宗茂さん、帰りは歩きます」
「皮が剥けていただろう。抱えて帰るさ」
「……いや、ありがたいんですけど…」


お姫様抱っこのまま茶屋まで来て、下ろされたかと思えば下駄を脱がされ。店主を呼ぶと、宗茂さんは軽い食事と布を頼んだ。

ただでさえ美形に跪かれているような状態なのに応急処置まで。周りは面白そうに「お嬢ちゃんはお姫様かい?」とか「随分と男前で尽くしてくれる従者だねぇ」なんて言ってくるし、宗茂さんも便乗してお姫様扱いをはじめるから恥ずかしくて堪らない。

帰りたいけど食事中だし、宗茂さんは楽しそうに周りの人と話している。この人達は宗茂さんが柳川の大名様だって知らないのかな。宗茂さんも別に気にしてないし、武士ってこう、変にプライドが高いものだと思ってたけど。


「お嬢ちゃん、横座ってもよろし?」


何か浮き世離れしてるよなぁ、宗茂さんって。そんなことを考えていると柔らかい声がした。

私に言ってるよね、多分。


「あ、…はい。どうぞ」
「ほんま?いやあ、おおきに」


うわ、綺麗な人だ。なんか覚えのある服とは違うけど、巫女さんかな。


「あの人、かっこよろしなぁ。お嬢ちゃんの知り合いの方?」
「まあ、はい」
「やあ、そうなん。そや、お嬢ちゃんお名前は?うちは阿国言います」


あれ、宗茂さんにうっとりしてると思ったら私のこと見てる。まあ名前聞いてるんだし、当たり前といえば当たり前か。


「…なまえです」
「なまえちゃん」
「は、はい」


何だろう。
同性でも思わず見惚れてしまう笑顔を浮かべた阿国さん。宗茂さんと並んだら、絵になりそうだ。


「神様が言うたはったんは、やっぱりなまえちゃんのことやったんやねぇ」
「ああ、神様…」


神様が私のことを阿国さんに。成る程、だから阿国さんは私に声をかけたのか。

え、神様?


「か、神様、ですか?」
「そうどす。何時ものように神様にお祈りしてたら、何や知らんけど大坂に行かなと思て。…ふふっ、なまえちゃんに会うためやったんやなぁ」
「はあ…」


正気だろうかこの人。
危ない宗教とか、うわ、簡単に名前教えるんじゃなかった。浮かべられた笑顔はとてもそんな風には、いやでも、宗教勧誘って一見無害そうな人とか満面の笑顔の人が多い気も。


「綺麗な巫女さん、彼女に何か用かな?」


突然の甘い音に体が震える。普段から落ち着いた心地のいい声だとは思ってたけど、これはそれ以上だ。初めて聞いた。


「む、宗茂、さん」
「ややわぁ、うち何も怪しいことは考えてません。なまえちゃんってどんな子やろ思て、会いに来ただけどす」
「どうしてなまえを知っているのかな?…申し訳ないけれど、話してくれないと疑うことしかできない」


私の肩に手を添えて、優しく阿国さんに言葉を返す宗茂さん。人と話してたのに、中断してまで助けてくれたんだろうか。

うわ、嬉しい。心臓が煩い、すごく。


「うち、そんな顔で見詰められたら恋しそうや」
「話して?」
「いけずやわぁ。…さっきなまえちゃんには話したけど、神様がうちをなまえちゃんとこに導いてくれはったんよ」
「導く?…まあ、君のように可憐な巫女さんなら、神に愛されるのも頷けるけどね」
「ほんまお上手やこと。なまえちゃん?こういう男の人に引っ掛かったらあきませんえ?」
「えっと、はい。覚えておきます…」


私はこんな紳士的に話し掛けられたことはありませんけど。いや、それを除いても、これだけの美形を目の前に数日過ごして(しかも優しいし)ときめかない人間がいますか、阿国さん。いるだろうけど「あ、素敵。いいかも」と思う人が多いと思います、私。


「まあ、それはそれや。ほんでなまえちゃん?なまえちゃんは、この時代の子やないやろ?」
「…………え?」
「違和感言うんやろか。北条が降伏したいう話を聞いた日、お社が何やおかしくて」

頬に手を添えて首を傾げる阿国さんはとても可愛い。いやいや、そうじゃなくて。

「おかしい?どういうことかな?」
「上手くは説明できませんけど。風が変わった言うんかいな?それで、ああ、大坂に行かなって」
「…お前が降ってきた日だな、恐らく」


私を覗き込む宗茂さんと目が合う。ちょっと待って。この時代って、どういうこと。

いやね、夢にしては日数経ちすぎだし私いつまで寝てるのとか思ってはいたよ。いたけどさ。実は夢じゃなくて映画やらゲームやら、なんかそこらへんの設定みたいに異世界に来たんじゃないかと思ったりもしたけど。ああ、こっちがビンゴなのね。いい加減認めろと。


「…成る程な。だから何にも当て嵌まらない雰囲気だと思ったのか」


こんな頓狂な話、何で当たり前のように受け止めてるんだこの人は。

もしかして、混乱してるのって私だけ?



20110617

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