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これでは怪しまれるばかりだから着物を借りることは出来ないか。唐突な宗茂さんの言葉に石田さんは更に眉を顰め、島さんはそれなら、と一つの提案を与えてくれた。

豊臣秀吉の妻である、おねね様。その人に聞いてみたらどうかと。石田さんは勝手にしろと言っていたけど、清正さんはあまりよく思っていないんだと思う。現にこうしておねね様が楽しそうに選んでいるのに険しいんだ、顔が(石田さんは豊臣秀吉に用があったらしく、行ってしまった)。


「あたしは今のも可愛いと思うんだけど。まあ確か浮いちゃうからね、仕方ないか」
「そう、ですね…」


床に散らばった沢山の着物。宗茂さんがでっちあげた私とは違う本物の侍女がまだ箱を持ってくる。

一体いくつあるんだろう。畏縮はするけど、こんなに嬉しそうな笑顔を見て断るなんて出来るわけない。清正さんには我慢してもらうしか――…で、だ。


「なまえ、こっちを向け。…少し濃いか」
「これはどうです?」
「ああ、いいな。似合ってる」


宗茂さんと、島さん。
二人は何故こんなにも馴染んでいるのか。さっきから着物を宛がっては首を捻り、また新しいものを宛がうを繰り返す姿は、選ぶ気なんてないんじゃないかと思うくらいだ。

着せ替え人形ってこんな気分なのかな。いいとか言っといて別の探してるし。


「これだけあっても着ないんじゃ意味がないしね。なまえちゃんに着てもらえたら本望だよ!」
「色々と似合うな。これは迷う」
「宗茂?いくら宗茂の侍女だからって、趣味を押し付けたら駄目だよ?なまえちゃんが気に入ったものじゃないと!」
「いえ、わかっているのですが、つい。楽しいものですね」


ああもう、たまに出るこの柔らかい表情がいけない。ただでさえ整いすぎている宗茂さんだ。かっこよさは跳ね上がる以外にないと思う。


「あ、侍女ならあんまり派手なのは駄目かな」
「構いませんよ。こちらも図々しいお願いをしてしまって。更にいただけるとは、何と申し上げてよいか」
「いいんだよ!折角だから飛び切り似合うのにしようね、なまえちゃん」


おねね様は私が宗茂さんの侍女だと信じている。微塵も疑うことなく、はじめましてだねと笑ってくれた。確かに仮ではあれ侍女になったんだけどまだ何もしてないし、騙したみたいで何だか。清正さんの不機嫌は、これが原因かな。


「そうだ、清正も一緒に選びなさい!」
「え?い、いや、俺は」
「清正、断るとおねね様が悲しむぞ。それこそ迷惑になる」
「……わかったよ」


迷惑。
宗茂さんの言葉に不快ではなく照れ臭そうな顔を見せた清正さんは、渋々と輪に近付いてくる。あれ、宗茂さんってばまた面白そうにして。


「清正さんはね、おねね様が大好きなんですよ」
「え?」

その様子を眺めていると耳元で島さんの声がした。ゾワッとしたよ、今。宗茂さんとは違った色気のある声だ。

「だから迷惑はかけたくない。今回は、完全な杞憂ですが」
「…それで乗り気じゃなかったんですか」
「ま、いきなり押しかけるのは確かにね。おねね様だったからよかったのかもしれませんな」


子飼いとは、まだ未熟な頃からその人の側で育った人間を言うらしい。つまり、子供の頃から豊臣秀吉の下にいたってことかな。おねね様は、清正さんのお母さんみたいな存在か。


「……マザコン?」
「は?何です、それ」
「あーえっと、お母さんが大好きな人のことです」
「ああ成る程。違いない」


島さんと話していると、不意に宗茂さんと目が合う。宗茂さんは宗茂さんで、清正さんと話していたみたいだ。今、清正さんはおねね様と着物を選んでる。ものすごく真剣に。


「どうしたんです?」
「いや。仲がいいな」
「…珍しい」
「何が?そうだなまえ、着物を選び終えたら城下に行こう」
「城下?宴は…」
「まだ時間がかかるそうだ。面白いものが沢山あるぞ、きっと」


面白いもの。
城下町といえば資料集とかドラマで何となくイメージは出来るけど、当然見たことはない。ちょっと、行ってみたいかも。


「はい!是非ご一緒したいです!」
「…よし。なら、さっさと決めるとしようか」


うん、宗茂さんの言う通り早く決めちゃおう。――あれ、ちょっと待って。


「なまえさん?」
「いっ、いいえ!何でもないです!」


これってもしかして、デートだろうか。



20110610

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