08

北条は豊臣に屈し、天下は秀吉様の下に治まった。小田原陥落の報を受け忍城の北条勢も降伏、無事開城に至たり、結果としては勝利。確かに豊臣の財力や権威を世に知らしめることにはなっただろう。少なくとも、これで秀吉様に盾突こうなどと考える輩も息詰まる。俺は変わらず秀吉様を支えるために尽力することが、出来る。


「何時まで冴えない顔をしてるんです、殿」
「…いや。俺の手で勝ったと言えるのか、と思ってな。結局は小田原勢の齎した開城だ」
「殿は秀吉様の意向に従ったまででしょう」
「……」
「天下統一の祝い、そんな暗い顔でどうするんです?」
「…そうだな」


忍城の守備は女。端から見れば、俺は女の守る城すら満足に落とせない男だ。正則辺りが喜々として取り上げそうな話題だな。まあ事実は事実、言い訳をする気もない。


「ま、殿の執り成しで長らえた命もあるんです。いいことじゃないですか」
「…すまない、左近」
「いいえ」


秀吉様の御前でこんな顔を晒すわけにもいくまい。取り敢えずは宴に関して秀吉様にお話を伺おう。

願わくば正則には会いたくないな。恐らく無理だが。


「左近、俺は秀吉様のところに…」
「殿?」
「いや。…立花と清正か」
「立花?ああ、旦那の方ですか…と?」


同じ疑問を抱いたらしい左近は言葉を交わす二人を眺め眉を寄せる。あいつらが話をしているのが珍しいわけではない。違和は、二人の間の女だ。


「奥方はあんなんでしたっけ?」
「阿呆。ギン千代は稲姫とかいう女といただろう」
「わかってますよ。秀吉様の何か、ですかね」
「見覚えがない」
「見た目があれだけ珍妙なら忘れるはずもない…か」


そう、左近の言葉通りだ。
俺付きの侍女ならいざ知らず、それが秀吉様の者であれ全員の顔を覚えているはずがない。例えばあの女が誰かの侍女であっても不思議はないのだが、あれだけ浮いているなら記憶に残らんというのが妙ではないか。


「宗茂!清正!」


俺の呼びかけに何故だか女が一際大袈裟にびくついた。別にあいつを呼んだわけではないのだが。まあ、用はあいつにあるがな。


「何だ、三成じゃないか」
「急にどうした。てっきり秀吉様んとこかと」


相変わらず涼やかな顔をして答える宗茂はまるで隠すように女の前に立つ。視線でそれを追った清正は、何でもないように言葉を発した。


「…そちらは?」
「ああ。島左近、俺の部下だ」
「部下?左近は、」
「お誘いを受けましてね。今や三成殿は主ですよ」
「ではこちらも聞くが。その背に回した女は何だ、宗茂」


宗茂、そして清正も女に目をやる。四人分の視線を受けた女は目を見開き、不安げに宗茂を見上げた。

先程の宗茂の行動といい、どうやらこの女の頼れる存在は宗茂らしい。やはり、秀吉様の関係者ではなかったか。


「侍女だ」
「お前の?」
「ああ」
「清正」
「…まあ、そういうことだ」


清正を見るに、宗茂の言葉を鵜呑みにするのは正解とは言い難い。言い難くはあるが、特別注視せねばならん人間、というわけでもなさそうだ。非常に怪しいが。


「三成、お前は清正以上に目付きが悪いんだ。少しは笑わないと怖いぞ」
「余計な世話だな」
「なまえ、根は悪いやつじゃない。怖がらないでやってくれ」
「そんな擁護はいらんと言っている。…なまえとは、その女の名か」
「そうだが?」


俺に見せるようにしてはいるが決して自分の手の届く範囲から出そうとしない。そんなに保護下に置きたいか、この女を。


「……石田三成だ」
「…えっと、なまえ、です」
「石田さんでいいんじゃないか?」


眺めたところで庇い立てするほどの何かがあるとは思えんし、いちいち宗茂を見るのも鬱陶しい。態度は否定しないが、そんなに目付きも悪いのか、俺は。それはそれとして。

石田さんでいいとは何だ。まったく、立花は揃いも揃って腹が立つ。



20110607

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