秀吉様に何かあってからじゃ遅い。用心するに越したことはないわけで、いくら宗茂の侍女だろうが、奇妙なやつを全面的に信用してたまるか。
だがまあ、怪しいからって丸腰の女子供を何があるかしれない場所に残すのは、忍びない。見たところ槍だ刀だ持ったこともなさそうだ。なら、秀吉様を狙う忍ってのはなしか。いや、気配を消すのに長けてる可能性も。体は全然引き締まってないけどな。
「……ここに来るの、初めてなのか?」
「はい、初めて…です。困っていたら、宗茂さんが助けてくれて」
「…さん?」
「あ!いっ、いえ!宗茂様が、助けてくださって!」
「……へえ」
何だこいつ。
まあ相手はあの宗茂だ。言葉遣いだなんだ、細かいことは気にしないのかもしれない。そういうところが気に入ったから侍女にしたとか言われても納得する、あいつなら。
「…宗茂様は、優しいですね」
「そうか?」
「はい」
侍女が、まあ侍女に限らず、目上を敬って呼ぶのは当然だ。俺だって秀吉様やおねね様をそう呼んでる。だが、何だろうな。
こいつ、なまえのは何と言うか、違和感がある。慣れてない感じというのか、様なんて日頃使ってないだろ、絶対。
三成にしたって普段から口や態度は悪いが、秀吉様とおねね様と話してる姿は違和感なんてない。なまえは口も態度も悪くないが、変だ。さっき零れた宗茂さんの方がよっぽど馴染む。
「お前、本当に宗茂の侍女か?」
「勿論!」
「…あの変わった女は元気か?」
「お、女?」
「ギン千代、とか言ったか」
「ああ、ギン千代様!はい、はい。元気です」
知ってるけどな。相変わらずの態度で宗茂と小田原に来てたし。
侍女、だよな。
宗茂は新人だとか言ってたが、ギン千代にも教えてないのか。そしてギン千代のことも、こいつに言ってない。本当に何考えてんだあいつ。何処でこいつを拾った。
「清正…様」
「ん?」
何で今、間が出来た。
「宗茂様は、どうして秀吉様に呼ばれたんですか?」
「は?」
「い、いや、教えていただけないかなー…と」
ますますわからん。
戦果を挙げたら目に留まる。ただでさえ九州の活躍で宗茂を気に入ってた秀吉様だ、この小田原でも報奨を与えるつもりで。戦に出ない侍女にせよ、それくらい知ってるだろ。
「将を評価して見合った報奨を与えるのは当然だ」
「あ、そういやドラマで…」
「は?」
ああ、異国について個人的に調べてるんだったか。耳慣れないのは異国語なんだろうな、きっと。自分でも馬鹿な質問をしたと思ったのかなまえはごまかすように笑っている。
そんなことでごまかせやしないが、こんな女が秀吉様をどうこうできると思えなくはなった。秀吉様どころか、誰ひとりとして。
「お前を見てると正則を思い出す」
「またそのまさのり…」
「また?」
「宗茂様にも言われたんです」
正則ほどの馬鹿ではないだろうが、何だ。色々、不安になるやつだ。この間抜け、宗茂の侍女でもないだろう。
「…無理して宗茂様、なんて呼ぶ必要あるのか?」
「え?」
「あと、清正様もだ」
だったら何で、宗茂はこいつを庇い立てする。
20110603