05

「別に隠してはいない」
「なら言えるだろ。誰だ」


不機嫌そうな人が近付いてくる。思わず陣羽織、というのか。その裾を掴むと、宗茂さんが私を見た。どんな顔をしていたのか宗茂さんは笑いを堪えるような表情だ。

そりゃ、宗茂さんはその人を知っているから平気だろうけど。私からしてみれば、背の高い宗茂さんの背後にいるから姿は見えないし何だか威圧するみたいな声だしで怖いんです。その、清正さん。


「………清正?」

清正って聞いたことあるような。ぽつりと名前を吐き出すと、宗茂さんの視線を感じる。

「ほら。清正が恐ろしい声を出すからすっかり怯えた」
「……何者だ」
「なまえだ」
「名前じゃない」
「落ち着け。怖がってる」


宗茂さんが横にずれると、視界に飛び込んできたのはいかにもスポーツやってますって感じの男の人。

睨まれてる、凄く。
ただでさえ身長があって怖いのに倍増だ。警戒されても仕方ないけど、少しは宗茂さんみたいに柔らかい顔をしてくれたって。いや、我が儘だと思うけど。


「ちゃんと質問に答えろ!間者だったら、」
「ああ、それはない」
「何でそう言い切れる。その奇妙な見てくれ、疑わずにいられるか?」
「なまえは俺の侍女だ。間者のはずがないだろう」
「何?」
「え?」


一撫で。
清正さんを見たまま私の頭に触れた宗茂さんは今、何て言った。侍女、侍女ってあれか。所謂、お手伝いさん。


「侍女。清正、お前にもいるだろう?変な顔をしてどうした」
「いるが…の割に、侍女本人が妙な顔してんだが?」
「新人なんだ。気に入ったから俺付きの侍女になってもらった」
「侍女にしては慎みのない格好――…それに、何でここに」


次々と出てくる嘘八百に唖然としてしまう。半信半疑の清正さんは相変わらず私を睨んだまま。というか、慎みないって。着物が主流だろう世界じゃ露出の多い分類かもしれないけど、慎みがないってほどでもないと思う。清正さんの基準はわからないけどさ。


「個人的に異国のことを学んでいるらしい。異国の着物だな?なまえ」
「へ?あ、はっ、はい。そう…です」
「あと、ここには俺が呼んだ。どうにも恋しくてな」
「………」


恋しくって。清正さんを丸め込むための言葉と知りながらどきりとしてしまった。人生でこんなイケメンに恋しいなんて言われたことないし(そもそも恋しいなんてあまり使わない)。


「そんな話、俺が信じると」
「それ自体はお前の勝手だが、事実だ。仕方ない」


強引だな宗茂さん。実は日本、あ、ここも日本か。なら未来の日本。未来から来たって言っても「そうか」で片付いてしまいそうだ。頭の心配をされる可能性もあるけど。


「秀吉様がお呼びだったか。俺は行くが、なまえを連れていっても?」
「必要ないだろ。お前が戻るまで俺が見てる」
「…はい?」
「ああ、そうか」


ちょっと待って。
宗茂さんのこともよく知らないけど、清正さんのことはもっと知らない。私を警戒してることしかわからない。そんな人と二人きりなんて、嘘でしょ。


「む、」
「なまえ。彼は、まあ知っていると思うが、加藤清正様だ。秀吉様自慢の子飼いの一人。失礼のないように、な?」
「は、はい」


やたらと様を強調する説明的な台詞。気遣ってくれたんだ、宗茂さん。本音を言えば宗茂さんについていきたいけど、これを受け入れて貫くしかなさそうだ。様。清正さんではなく、清正様。…なら宗茂さんのことも宗茂様か。ご主人様なわけだし。


「お、お気をつけて、宗茂様」
「……ああ」


満足そうに笑った、貴公子が。なんかもう本当に侍女でいい気がしてきたよ、私。


「清正、虐めるなよ」
「本当にお前の侍女なら何もしないさ。少し話すだけだ」
「新人だから詳しくはないぞ」


しっかりと釘を刺し、私と清正さんに手を振って去っていく宗茂さん。そうだね。私の知識といえば宗茂さんはとんでもない美形で柳川という土地の大名だ、くらいだ。うん。


「城が落ちたとはいえ、こんなとこうろついてたら危ないだろ」
「…ご、ごめんなさい」
「宗茂も何考えてんだ」


加藤清正。
授業で聞いたんだっけな。



20110602

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