03

妖怪にしては弱そうというか、害がなさそうだ。男を食い物にする妖怪ならば他の追随を許さぬ完璧なまでの、誰もが見惚れて騙されてもいいと錯覚するような女に変化してみせる、はず。よくは知らないが。天人にしても何となく想像しているそれとは似ても似つかない。別に思わず跪きたくもならないしな。


「お前、名前は?」
「へ!?あ、はっ、はい、あの、みょうじなまえと申します…」
「なまえ」


なまえとかいうやつの名を呟くと、頭が取れるんじゃないかと思ってしまうくらい激しく頷く。なまえ。確かにそれは、俺に被さった存在の名前らしい。


「…妖怪では、ないです」
「ん?」
「さっき、おっしゃっていたので」
「そうか」


妖怪が自分を妖怪だと言うはずもないだろうに。それにしてもなまえは、一人だけ異物だな。

まず珍妙な着物だし、纏う空気が武士のそれではない。だからといって商人や民とも言えない。目を見るに、妖怪でないという発言も本当らしい。なまえの目は嘘を吐けない目だ。ならば一先ず妖怪の線は消えた。信じてやるとしよう、化けの皮が剥がれたら対処すればいいだけの話だしな。


「天人、もないか。神々しさがまるでない」
「天人?ま、まさか…」


鼻を赤くした、酷く言葉に詰まる天人なんていてほしくはないものだ。着物は異質、存在も異質で否定しきれないところではあるが。しかし、天人は自ら天人と名乗るかな。あまり謙虚な印象がない。ならばなまえは天人にしては謙虚すぎるか。


「ここが何処だかわかるか?なまえ」
「……いいえ」
「…さては正則の仲間か」
「まさのり…?」
「お前、逸材か?」


本当にわからない、聞いたこともないという顔だ。そうなるとこいつ、俺の名前も知らなそうだ。まあ俺は九州の人間だしな。自分の名が売れているなんて驕りは、今のところない。

それを気にはしないが、なまえはどんな反応をするんだろうか。


「俺は?」
「……わかり、」
「立花宗茂だ」
「立花、宗茂…」
「ああ。宗茂」


ゆっくり、確認するように紡がれた俺自身の名前。そんな風に発音されたことがないからか、妙な擽ったさを感じる。


「それで、なまえ。何処から来たか、くらいは言えるな?」
「何処って、…夢、じゃないの?」
「夢?顔面を強打した所為で知能が飛んだか?」
「……私の妄想じゃない?」
「なまえ、俺が見えてるか?…聞こえてるかな」


参った。

これは本当に、正則を凌ぐ逸材かもしれないな。残念な方向の。



20110531

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