あぁ、とても理解し難い味だ

※男主

「ありがとうございます」


穏やかな声に顔を向けると、その音を出すに相応しい穏やかな表情をした蔡エン様がいらした。

突如渡された「ありがとう」に動揺してしまった僕は何も返すことが出来ず、彼女を見詰めたまま、ただ「あ、え、」などと情けない言葉を繰り返すしかない。


「なまえ様、ですよね?何時も私の身辺をお守りいただいて…」
「さっ、様、など。僕、私は、護衛兵ですので。…特別な事は、何も」
「いいえ。なまえ様が傍にいてくださるから、こうして気兼ねなく過ごすことができるのです」


たおやかなお方だ、蔡エン様は。そして彼女の護衛は僕だけではないのに、僕のような人間の名まで覚えていてくださる。

蔡エン様の身に大事があってはならぬという曹操様と董祀様のお心遣いによって任された立場。何度か供をしたことはあれ、僕から名乗ったことは一度たりともないというのに。


「勿体なきお言葉を賜りまして、何と申し上げたらよいのか―…」
「そのように、緊張なさらないでください」
「は、はい。出来る限り、努めます」
「…ふふっ」


蔡エン様は、董祀様と過ごす中で少しずつ笑顔を取り戻された。それが僕の言葉に向けられる笑顔よりも優しく、慕情を感じるものであることを知っている。「文姫」と呼ばれて綻ぶ表情を、知っている。

そしてそれに、小さな痛みを訴える自分自身を、知ってしまった。


「なまえ様?」
「如何なさいましたか、蔡エン様」
「ご気分が優れないのかと。無理をさせてしまいましたか?」
「そっ!そのようなことは、決して!申し訳ございません、少々、考え事を」
「…なまえ様、何かあったのなら、董祀様や私にどうぞ打ち明けてください。微力であれ、お助けしたいのです」


蔡エン様。
何とか吐き出した声は、彼女に届いたのだろうか。



end.

20120104

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