好きなのです、大好きなのです。しかし恋ではありません。きっとこれはわたしだけのもの。

彼女はとても美しい人だった。私にも「甄でよいのです」と微笑みながらおっしゃったあのお方は、美しく聡明な女性だった。私の淹れた茶を口にしては美味しいと喜んでくださり、時間があれば私を呼び寄せお傍に座らせていただくこともあった。

あのお方は、甄様は、大変お優しくもあられた。気丈で凛としていながら、私に語りかけてくださるお声は柔らかだった。

私は、袁煕様が羨ましかった。私を甄様付きの女官にしてくださったのは袁煕様であり、甄様も袁煕様にそのことを感謝なさっていたとは聞いたが。それでも、私は袁煕様が羨ましかったのだ。


私は甄様のような美貌を、立場を、袁煕様を、自分の手にしたかったわけではなく。私は甄様に微笑みを、お言葉を、ぬくもりを。それらを与えていただけるだけで幸せだったのだ、何よりも。そんな幸福が何時までも続くと思っていたし、嫁ぐことが出来ないとしても、甄様にお仕え出来るのなら構わないとさえ考えていた。それなのに。


「…袁煕様」
「あいつが、我が妻が」
「甄様は、戻られないのですか?」
「なまえ、お前は明日から私の世話をしろ」


甄様が、先の曹軍との戦において捕虜となったと聞いた。曹操の次男である曹丕、その男が甄様を娶ると決めたのだと。甄様は、袁煕様の妻であるというのに。


「曹丕、ですか」
「…何故お前が知っている。ああ、噂か」
「甄様は曹丕に」
「酷い顔だ。下がって休め、なまえ。人の妻に、あの男。しかしあれもあれだ。私よりもあんな、曹操の息子が!」


やり場のない苛立ちを吐き出し続ける袁煕様を見詰めながら、私は何も処理が出来ずにいた。

甄様は、戻られない。
あの微笑みも、お言葉も、確かに厳しい叱責を受けたこともあったけれど、あれは私の過失故だ。


「…甄様」


とても愛おしい人。私の憧れであった、愛おしく美しい人。もう甄様にお声掛けをいただくことも、触れていただくことも、お傍で言葉を重ね笑むことさえも、出来ない。


「そんな、」


こんなにも甄様が私を、甄様がなまえと呼ぶ声を、愛しているというのに。



end.

20111221

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