通りすがりの感情、感覚

「入るぞ」
「…夏侯惇か」


扉を開くと女官が揖礼をし、下がる。はて何処かで見た顔だと追い掛けると孟徳の笑い声。女官に向けていた顔を戻せば、まるで餓鬼のように唇を上げているではないか。


「そう睨んでは怖かろう」
「笑うな」
「おお、恐ろしい顔よ」


確かに気になりはしたが、そう深い意味はないと孟徳もわかっているだろうに。「おぬしは少しばかり単純過ぎる」と嫌味ったらしい笑みと共に言われたことを思い出し、我慢出来ずについ眉を寄せると孟徳はまた笑うではないか。


「見た顔だと、そう思ったから追っただけだ。睨んではおらん」
「わしの女官なのだから、目にしたことはあろうて」
「それはそうだが」
「合点がいかぬか」


何が楽しいのか。
そもそも呼び立てておいてからかうことに徹するなど、いや、確かに孟徳にはそういった嫌いがあるが。

言い返そうと笑いの種にされるだけ。酒宴の肴にするつもりだろう。まったく、嫌な性格だ。


「曹操様、お茶をお持ちいたしました」
「うむ」
「どうぞ。夏侯惇様も、是非に」
「俺?…すまんな」
「いいえ。…失礼いたします」


また見すぎていたのか、困惑したように立ち去る女官と孟徳の嘲笑が重なった。茶を運んで来たのは揖礼していたあの女官。はっきりと見えた顔は間違いなく、孟徳の気に入りだ。


「女に好かれる術でも教授するか?夏侯惇よ」
「いらんわ阿呆。…ああ」
「ん?」
「なまえ、だったな」
「――…ほう」


珍しいと、そう言ったわけではないが、明らかに感じている声。何も妙な発言をした覚えはない。ただあの女官の名を口にしただけで、それにしても、孟徳が呼んでいたのが記憶にあったに過ぎん。慈しむような音で呼んでいるのは自分自身だろうに。


「何だ」
「おぬしが名を覚えているとは、珍しい」
「お前が騒がしいから覚えたまでだろう」
「普段はさして気にも留めぬであろう。…成る程、あれはおぬし好みであったか」
「顔はお前だ」
「そうか?あれの怒った顔は、おぬし好みと見えるがな」
「だから笑うなと言っている」


俺の好み、あいつが。
まったく、知ったことかそんなもの。



end.

20111227

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