たまには空に手を伸ばしてみたら?

狙いを定めた矢は、軌道はよくとも目標まで届くことはなく地面に深く突き刺さる。ああもう、これで何度目だ。徐々に前進しているとはいえ、的に当たらないなら私の願いなんて叶うはずがないだろうに。


「……もう一回」


漸く絞り出したのは唸るような、女らしさなど欠片もない声。将として生きようと誓ってから女らしさとは無縁だが、私は未だに戦場に立ったことがない。

それも当然。
まともに弓を射ることが出来ない人間など、ただの足手まといでしかない。足手まといには、なりたくないのだ。


「的が遠すぎるんじゃねえか?なまえ」


いやいやいや、という特徴的な言葉の後に続いたそれ。矢を引き抜いてから見ると、予想通り夏侯淵殿のお姿がある。弓の名手である夏侯淵殿。この方が師であれば、私の腕も上がるのだろうか。


「そうでしょうか?…弓兵が鍛練に使用しているもの、なのですが」
「いやあ、なまえにゃ難しいわな」
「…弓の資質がないとか」
「全部を試した結果、弓が一番馴染んだんだろ?」


片手を差し出す夏侯淵殿に従い矢を渡すと、いとも簡単に中心に突き刺してしまった。

まずは当てること。
それが目標である私には想像も出来ない領域である。ご子息の一人、夏侯覇殿、だったか。彼もまた、父親の腕(だけではないけど)を誇りに思う人だ。夏侯惇殿も「淵ならば」と自分のことのように夏侯淵殿のお話をなさる。


「…はあ…」
「ぽかんとしちまって、何だ?当たんない自分が情けないってか?」
「夏侯覇殿は確か、私よりもお若いかと…」
「ん?…まあ、そうか。そうだな。息子の方が若いが、どうした?俺はお前より年食ってるぞ?」
「…出陣、なさるのですよね」
「ああ、成る程」


男と女の違いというのも当然ある。ある、けど。

私よりも若い夏侯覇殿が活躍する中、私はこうしてひたすら的に向かうだけ。焦っても仕方がない、何にもならない。わかってはいても、そう簡単に割り切れはしないのだ。


「なあ、なまえ」


ぽん、と肩に触れた夏侯淵殿の手はあたたかい。目を丸くして見詰めると、人好きのする笑顔が私を見ているではないか。


「…はい」
「そう力んでばっかいても、仕方ねえだろ」
「…ですが」
「いっちょ背でも伸ばしてみろ?凝りも解れて頭も冴えるってもんだ!」


そう明るく吐き出して伸びをする夏侯淵殿に倣い、空へと手を伸ばす。

大きく息を吸い込むと内に溜まっていた靄が晴れていくようだ。夏侯淵殿の笑顔も、先程よりも眩しく感じる。


「夏侯淵殿…」
「な?試す価値はあっただろ、なまえ」
「はい。ありがとうございます」
「んじゃま、もうひと踏ん張りだ。俺が見ててやるから、しっかりやれよ!」
「はいっ!」


父親に従兄弟自慢。
したくなるのも、理解できる。



end.

20120105

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