意地っ張りも飽きたらおいで

「うん、変わらないね、あなたは」
「奉孝も。何年もこうしてるけど、飽きない?」
「顔を見ないと落ち着かなくなったよ。と、いうわけで」
「だから、嫌」


喧騒の中では聞き取りにくい奉孝の声も私には簡単に拾えてしまう。それに優越感なのか羞恥心なのか、細かなところまでは考えたくない感情が沸き上がるのは数年前からだ。

どんな心境の変化か、交流こそすれ人に仕える素振りなどまるで感じられなかった奉孝は現在、曹操様の相談役を務めているらしい。

袁紹様と曹操様、それぞれについて主観たっぷりの書簡を読んだ時には変わらぬ性格に安堵も覚えた。しかも曹操様とは趣味も、合うのだとか。


「生活が楽になる」
「聞き飽きた」
「あなただけではなく、ご両親にも今よりいい暮らしが待っているかも」
「らしくない誘い方。奉孝ならもっとこう、私には想像もつかないことをちらつかせそうなのに」
「真っ直ぐにぶつかるのが効果的だからね」


曹操様にお仕えすると決めた奉孝は早かった。一頻り曹操様の素晴らしさを語ると、挨拶もそこそこに故郷を去ったのである。未練ななど感じない姿。その時に生じた胸の痛みに、私は奉孝が好きなのだろうと思い至った。まあ、あまり思い出したくない変化だ。

それから暫く、まったく姿を見せなかった奉孝が突然料理屋に来た。目的は私の宮仕え。冗談と笑い飛ばせたら、どれだけよかったことか。


「では何度もついでに。昔よく私の衣服を仕立ててくれただろう?是非その腕を、曹操殿のご夫人のために使ってはくれないかな」
「この前は夏侯惇様じゃなかった?」
「そう?…そうだったかも?」
「…もう」


恐らくは昔から。
相手の言動に一喜一憂するのは私だけで、奉孝は顔色一つ変えはしない。今もかつての奉孝の言葉を勝手に零して少し傷付いた。本当に、面倒なこと。


「私より腕のいい人はごまんといるでしょう?綺麗な人も、配慮のある人も、教養のある人だって」
「まあね。なら、私と暮らすというのはどうだろう?」
「…そんなの、奉孝がいなくなってからすぐに消えた道だわ」
「おや、これは惜しいことをしたらしい」


ほら、これにだって傷付いていないでしょう。柔らかい笑顔のまま、私をからかっているくせに。


「なまえがいいんだよ」
「今更」
「もう少し、かな?」
「…もう少しじゃない」
「あはは、とてもいじらしい。また来るから、そのつんとした態度で待っていてね、なまえ」
「奉孝、暇なの?」
「時々かな」
「…そう、ね。戦が近いと、忙しいか」
「なまえ」


そろそろ店が混雑する。
奉孝は馴染みだから二人にしてもらえるけど、何時までもこうしているわけにはいかない。


「……私がいなくなると、大変だから」
「義姉が出来たのではなかったかな?」
「…何で知ってるの」
「兄上に聞いたんだ」
「だから?」
「そろそろかな、と。私に手を引かれるのも」
「私はここが好きなの」
「私はそれ以上に、私といるなまえが好きだ」
「何言ってるの、奉孝」
「だから何としてもなまえを連れて行きたいんだよ」
「…嘘」
「本当」


奉孝は私がそれに弱いって、知っているから質が悪い(この人はある面では誠実だ、怖いくらいに)。



end.

20120106

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