おやすみなさい前の話

美しい女がいるのだ。
呟かれた曹操殿の横顔は私と女性について議論を交わす時のものではなく、それこそ詩を詠むような、尊い人を想うようなものであった。

曹操殿に憂いを与える女性とはどのような人なのか。まだ見ぬ存在に大きな関心を抱くには、たったそれだけで充分だ。曹操殿のお姿は、例えるならば仙女や幻想に焦がれているような。何処でその女性を目にしたのかをお尋ねしたところ、「それすら幻であったのかもしれぬな」と憂いを一層深めて零される。この世のものとは思えぬ女性。曹操殿が躊躇う女性。果たして、私の目には映るのか。

飲みかけの酒の表面に映り込んだ月や星。この手にすることは不可能なそれらと同じように、何かを通さなくては見えない類のもの。その肴に私が鼓動を逸らせているのだと、聡い曹操殿は気付いておいでだ。


「何分、気紛れに馬を走らせておったからな。道に確証がない」
「唐突ですね」
「なかなか褒美を受けぬおぬしへの礼になるかと思うたが。ふむ、困ったものよ」
「曹操殿と酌み交わす。それだけで私は幸せです」
「言いよるわ。…ああ、郭嘉よ」
「はい」


先程までの憂いは失せ、私に向けられた笑みは見慣れた曹操殿のものとなる。盃に注がれる酒、有り難くも曹操殿が手ずから注いでくださっていたのに、残念ながら盃を満たすことなく空になってしまった。

「その女、今一度この目にしたいのだ。おぬしに任せる」
「…捜せ、と?」
「夏侯惇や荀イクは聞かぬ。おぬしくらいよ、斯様なことを頼めるのは」
「おや、唯一頼りにしてくださっているとは、嬉しい限り。この郭奉孝、謹んでお受けいたしますよ」

宴は仕舞いだ。
緩む口許は恐らく、双方がそれぞれに女性を描いているからに違いない。



20120316

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