改めてみると溢れ出るのは似たような感情ばかりだ。既に破棄してしまった数行の竹簡に記したのもなまえ殿への感謝。彼女への心は、何処か曹操殿にも似ているらしい。
慕わしいと感じる根本を恋情と括りきれないところ、ただその傍にいて歩んで行きたいと感じるところ。相手にもそんな想いを抱いてほしいと、そんな風に思うところもかな。
「――随分と、情けない姿を曝したなあ」
泣きじゃくる子のようだったと、思う。捨てられることを恐れるような、情を向けられないことに怯えるような。これをなまえ殿にも示していたなら、事態はどうなっていたのだろう。彼女の声など聞かず、無理矢理引きずり出していたのだろうか。
「…無駄か」
なまえ殿が触れられる場所にいないから、こうして言葉を綴る。考えても仕方のないこと、実に馬鹿らしいこと。こんな無駄は好かないのに、どうしてかこの空想は楽しいんだ。駆け引きなどではない、本当にただの好意。戯れと呼ぶにはあまりに真っ白で、つい苦笑してしまう。
言ってしまえば私は(女性との付き合いに限った話ではなく)綺麗な考えの人間ではない。けれど幼い子の触れ合いのように味気ない、色のない時でもいいと強く思う、彼女となら。
「そうは、思わない」
あんなの、曹操殿を誘導したようなものだ。酷い顔をした相手を追い込む発言なんて相当趣味がよくないと出来ない。ましてや曹操殿は私に目を掛けてくださっているから、あれが本心でないとしても納得はいく。
「…そうは思いたくない、か。正しくは」
他の誰でもない、私が。なまえ殿を苦しめたのだと、苦痛しか与えていないのだと思いたくない。だから余計なことは伝えなかった。希望を抱かせるような言葉は、一つも。
「――それこそ嘘か」
私がしてきた行動、別れる以前の言葉。それらは何一つ違和を抱かせるものでなかったとは言えない。戸惑うなまえ殿を見て、見たからこそやり過ぎない程度に重ねてきたんだ。
(…あなたが誰かに想われて生きてくれたら、なんてね。本当に言い訳だ)
その中には私も含まれていて、というよりも、遠回しの吐露で。こんなことまで曹操殿に告げていたら、私は死んでも死にきれない。後悔ばかりの人生になってしまう。
「でも」
酌み交わすとき曹操殿は決まって顔を綻ばせていた。女中は私と触れ合うことで自分の願いが叶ったと言った。半ば諦めていたなまえ殿の姿を見ることが出来て、嬉しいのだと。
「…いい人生じゃないか」
思い起こせばこんなにも愛おしい感情が生まれる。私の大切な人達が、私といることを喜んでくれる。それだけでも十二分に価値ある人生、だね。
20130606