深海は遠いよ、もう会えないよ

「漸く漕ぎ着けました」
「そうまでして飲みたかったと言うか、おぬしは」
「酒をというよりは曹操殿と、でしょうか。お付き合いいただき光栄です」
「まったく、口の回る」


何も本気で嫌悪しているわけではないけれど、曹操殿は何処か不機嫌そうに言葉を放った。原因は痛いほどわかっている。それでも、直す気はない。


「…郭嘉よ」
「はい」
「この際だから言うておくが、わしはおぬしに腹を立てておる」
「それは以前にもお聞きしたような」
「その才と心、これ程までに憎たらしいと思う日が来ようとはな」
「…珍しい。既に酔っていらっしゃる?」
「逃がしてはやらぬぞ」
「あははっ。私は何か――…しましたね、確かに」


すべてを忘れて酒を楽しむ、今日だけは。そうも思ったけれど、許可はいただけないらしい。他者の想いを受け止めること、それが貴く必要なことであるとは知っている。だからこそ私だって向けられる想いに気付くことが出来るし、誰かを想うことが出来るんだから。


「申し訳ないとは」
「思うておるのか?本当に?」
「…いればこのような言動にはならないと?」
「わしは何もおぬしと楽しむために乗ったわけではないぞ、郭嘉」
「私は楽しむため…曹操殿と二人で過ごしたいがためにお誘いしたのですが」
「……楽しめようか、ただ純粋に」
「…申し訳ありません」
「よい。よくはないが、おぬしのその顔は好かぬ」


私は、曹操殿の辛そうな表情を見るために酒宴を設けたわけではない。ただ本当に、二人で酌み交わしたくて。それなのに駄目だな、このところの行動は曹操殿を苦しめてばかりだ。


「酷い顔だ。色も良くない、痩けたようにも見える。食事は喉を通るのか?」
「大丈夫、大丈夫です。体が鈍っているだけで、今は少し、食欲がないだけで」
「郭嘉、正直に」
「――曹操殿」


どうすれば苦しめないんだろう。絶対に傷付けない方法なんて存在しないと知っている。それでも何かしら、曹操殿の、なまえ殿の思いを和らげる行動はあったはずなんだ。ああ、万能でないのが人間の面白さとはいえ、こんなのは。


「…私は、悲しませることしか出来ていないのでしょうか」
「郭嘉」
「私と曹操殿は、取り返しのつかないことをしてしまったのでしょうか」
「郭嘉、おぬし少しは」
「もっと関わり方を、」
「少しは自分自身の痛みを見ぬか。酷い顔だと言うたはず、他者を操るおぬしが気付けずどうする」
「――…私は」


憶測、ではなく。
これからの曹操殿との道を歩くことも言い渡された任を果たすことも、私には出来ない。尽きるのならばせめて潔くと思っていたのに、最小限の後悔と決めていたのに。思いの外溢れる感情はもうどうしようもないんだ、私にも。


「間違っていたのでしょうか、曹操殿」
「それは誰にもわからぬ。わからぬがだ、郭嘉」


わしは、そうは思わぬ。

ああ、その言葉が、どれだけ。



20130516

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