愛しい人が残した景色

「美しい花ですのね」


そう声を掛ければ女官は慌てたように姿勢を正す。以前とあまり大差はないが、甄姫は改めて自分の立場を実感した。ここは曹操を礎とする国、そして己はその子曹丕と共にあるのだと。

確か、曹操並びに諸将は袁家残党の討伐に向かったはず。いよいよ袁家の灯火も消える。一瞬、言い知れぬ感情が胸を占領したのは気のせいであろうか。


「どちらから?」
「殿…郭嘉様、でしたでしょうか。お知り合いの方から、だそうです」
「そう」


甄姫はここに身を置いて長くはない。前からこの花があったかどうか、それを曹丕に聞いてみるのもいいかもしれないと思う。しかし彼は知っているのだろうか。彼の親のこと、部下のことを。


「貴女は何か、お話は伺っていないの?」
「とても大切な花であることは承知しているのですが、それ以上は。どなたからの贈り物なのか、殿か、郭嘉様か。それはわからぬのです」
「…それだけでも、遠征の折に枯らせてしまってはならない理由にはなりますわね」
「はい」


思うところがあるようだ、と。誰と口にしたわけではないが、恐らくは父親を案じたであろう言葉。祖は何かに頭を悩ませ、子はそんな様子に眉を寄せる。さてその原因となっているのは、誰であろう。


「――…父が愛でていた花か」

特別抑揚のない、実に淡々とした響き。やはり曹丕は甄姫や女官以上には事情を把握しているらしい。近しくなる機ではなかろうか、そんな考えも、過ぎる。

「愛でて?…そこまで」
「珍しく顔が綻んでいた。誰が見てもそうとわかる程にな」
「想いに溢れた花なのでしょうか」


曹丕の視線は花に注がれる。彼自身が花をどう思っているのかは知らないが、関心はあると見ていいだろう。この花は曹操の、そんな想いを込めて発した言葉はしかし曹丕を納得させるには至らなかったようで、肯定と言うにはあまりに妙な表情ではないか。


「父の、と断定するには早計だ」
「そうなのですか?」
「その花が届けられた際、父はすぐに酒宴を整えさせていた。違いないな?」
「…確かに、郭嘉様をお連れするようにと」
「つまり、我が君は殿ではなく」
「郭嘉の可能性もあるだろうな」


曹操が慈しむ花。纏わる物語を耳にすることは、あるのだろうか。



20130418

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -