限りなく終わりに近い青

勝利に沸き立つ人、華やかな舞。注がれた酒と艶やかな女性に「素晴らしい」と漏らした郭嘉殿は、暫くするとふらりと姿を消してしまった。

さっきまで話していたはずなのに。少し余所見をした瞬間、何だかしてやられた気分だ。戦勝の宴だしどう過ごすかなんて郭嘉殿の自由、だけどさ。どうしてこんなに気になるんだろうね。


「あ、いたいた。かーくかどの!」
「おや。馬岱殿も熱を醒ましに?」
「郭嘉殿を捜してたんですよ。何と言うか、気になって」
「気になる?あれだけ華やかな場があるというのに追いかけるのが私とは、馬岱殿は妙な趣味をお持ちでいらっしゃる」
「狙っていたというか待っていたというか。多分、最初からこれが目的だったんだと思います」
「…あははっ。そこまで言われてしまっては、追い返す方が無粋というもの。少し話しましょうか」


郭嘉殿の言葉はそっくりそのまま郭嘉殿に返したいよ。俺だって女の子は好きだけど、戦勝の宴に美人の舞姫を強請ったりはしない。郭嘉殿こそあれだけ美人が揃っていたのに、舞姫どころか誰も来ないようなところで一人になっちゃって。


「まずはそうだ、若が失礼を」
「何の話です?」
「人間かって」
「あれ?気にしていませんよ、あんなもの」
「…俺もそう思ってましたし、その点でも」
「些細な冗談ではないですか」


よく見れば、郭嘉殿は杯を持っていない。熱を醒ましにとは言っていたから何も持ってなくてもおかしくはないけどさ。でも戦勝の宴を楽しみにしていたみたいだし、俺を誘ってまで飲みに出るくらいだし。きっとここにいるのは考え事、だよね。邪魔をしたことになるのかな、これって。


「前、俺なら理解してくれそうだって言ってましたけど」
「…ええ、言いましたね」
「どういう?」
「すべてを捧げてしまえる相手がいる、と。まあ単純な話です」
「すべてを、ですか?」
「馬超殿がそうでは?」
「…ああ」

若、確かに若のことは大事だ。でも俺が若を想う心と郭嘉殿が曹操殿を想う心って、同じなのかな。

「では私からも」
「はい」
「この人こそ、この人のために。そう強く想う相手がいて、何よりもその存在を優先するのは愚かだと思いますか?」


若が言っていた、郭嘉殿は少し寂しそうに見えるって。何よりも優先しているのが曹操殿、それとは別に郭嘉殿にとって大切にしたい、天女様。郭嘉殿が寂しそうなのは天女様の仕業なのかな。


「私は、朽ち果てるその瞬間まで曹操殿のために生きていたい。私が投じた才智を遺憾無く発揮してくださるのは、曹操殿しかいないのですから」
「郭嘉殿は、」
「大切ですよ、曹操殿が」
「…俺は」


この四肢を、命を。自分のすべてを、たった一人のために。まだそんな風に考えたことはないのかもしれない。だけど、若が思ってくれているように俺も若を守りたいって思ってる。それは確かだ。


「愚かだとは、思いません」
「そうですか」
「それが主を定めた人間だと、思います」
「――…天女に関して」

勝手に郭嘉殿を人間じゃないと言ったように、天女も浮かんだことを口にしただけだ。郭嘉殿が悩まされるんだからとか、そんな風に。

「…忘れてください」
「何故?私はなかなか気に入ったのですが」
「気に入ったんですか?」
「彼女以上に美しい女性も、男を楽しませる女性もごまんといる。それでも、私は彼女が誰よりも慕わしい。人ならざる魅力、なのでしょう」
「はあ」
「この生の一時、天女が戯れに私を誘った。そう思えば存外悪くはない」


悪くないって、そんな全部を夢にしちゃうような言い方。夢にしたところで苦しいじゃない、ふとその人と触れ合ったことを思い出すじゃない。幻になってしまいましたなんて、伝奇のようには思えないよ、俺は(そこも俺と郭嘉殿の違い、なのかな)。


「俺、やっぱり郭嘉殿が俺を選んだ理由がわかりません」
「あそこを通ったら間違いなく死ぬ。そんな時、馬岱殿はどうします?」
「何ですか、急に」
「その道まではまだ少しだけ距離がある、それなら答えは一つ」
「え、いや…」
「捧げると決めた存在の糧となるだけです」
「………ああ」


そうすることで若が進んでいける。力強く、迷いなく。確かにそれなら。


「一つ、ですね」


ただ、華のために。



20130410

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