悲しい人

鮮やか、そう表現するのが最も適している。先が見えているかのような指示、迷いや不安を感じさせない動き。「馬超殿の存在あっての勝利です」と緩やかな笑みを湛えて言いはしたが、大方が郭嘉殿の働きであったことは誰の目にも明らかだ。


「ホウ徳殿は?」
「偉い人と話してるよ」
「――…ああ」

ホウ徳殿は郭嘉殿をどう評するのか。沸き上がった疑問は尋ねるべき相手の不在により俺の中に留まることとなった。曹軍の主たる男、郭嘉殿が心身を捧げる存在。確かに、備えた気風は常人のそれではない。

「…あの袁家を破った男、か。恐ろしい軍だな」
「若、そういうことは大っぴらに言うもんじゃないよ!誰が聞いてるかわからないんだしさ!」
「賞賛だ!お前の発言が反って誤解を生む!」
「え、俺?いや違うでしょ、若の言い方に問題ありだって」
「だからお前の受け取り方が、…もういい、互いに気を引き締めろということにしておく」


そんなもの天人でもない限り有り得はしないが、郭嘉殿の思い通りにならないことなどないのではないかと思わせる。郭嘉殿が口にしたことはすべて現実に、郭嘉殿の望むがままに。俺には想像も難しいことだ。


「そうですよ、馬超殿。誰が聞いているかわからない、曹操殿に心服している人間が耳にしたら烈火のごとく怒るかもしれません」

夏侯惇殿とか。自分ではない人間の名を一例とした郭嘉殿は、俺の印象に強く残っている柔和な表情を向ける。

「いや、俺は別に…」
「謝罪や否定は反って侮辱と肯定するようなものでは?馬超殿の発言は賛辞、そう誇れるならばそのままで構わないかと」
「郭嘉殿、怒ってます?」
「まさか。曹操殿は恐ろしい、そう思わせる方が何かと都合もいいでしょう?それに我々――…少なくとも私は、そんなあの方を敬愛しているので」


人間離れした、人間かを疑いたくなる男。そんな郭嘉殿を悩ませるのは天女だろうかと馬岱は言った。馬鹿らしいと感じたそれを今は自然と受け入れているというのが不可思議だ。寧ろ、馬岱の言うことこそが真実であるような気さえする。


「…郭嘉殿は、人間で間違いないか?」
「何をお尋ねになるかと思えば。ええ、人間ですよ。残念ながら」
「まあ、それはな。…残念?」
「馬超殿の聞き間違いではありませんのでご安心を」
「――…郭嘉殿を悩ませているのは、人間」
「え?」
「天女、と。そんな話が」
「天女ですか」


この笑顔。確かに疑いたくもなるが、だ。


「それならば、また会えるのかな」


どこか寂しそうに見えるのは、思い違いだろうか。



20130409

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