「そんなに怖い顔で見ないでよ」
そう告げたところで陳羣殿の眼光が和らぐことなんてないのだけれど。困った、という気持ちをわかりやすく押し出してみても顔色一つ変えないとは、これはこれで大したものだと思わずにはいられない。
「その顔を見るだけで苛立ちます、今は」
「なら見なければ――…なんて、出来る人ではないか、陳羣殿は」
好意的な相手は言うまでもなく、そして存外嫌悪感を抱いている相手の行動も追ってしまうもの。ああやっぱり嫌いだと思い直すだけの行為であれ、無意識に行ってしまうならどうしようもない。だから陳羣殿は曹操殿と同じくらい、もしくはそれ以上に私の変化に敏感だ。
「陳羣殿は苦労するね、本当に。息抜きは出来ない私を叱ることもやめられない。…心労、察するよ」
「でしたら是非とも自重をしていただきたい。郭嘉殿の行動一つで好転するのですが?」
「――…それは無理かな」
「…郭嘉殿」
「曹操殿を煩わせていることを肯定はしていないよ、勿論。私だって、」
私だって、もっと。
もっと曹操殿の傍にいて、曹操殿が進まれる先を導くように、その後に続くようにして生きたいと思っている。あわよくば華奢な手を取ったとき、躊躇いがちに応えるなまえ殿を誰よりも近くで見ていたいと思う心だってある。足りないんだ、全てを叶えるには。それは、この先ずっと生きていられたとしても変わらないのだろうけどね。
「私ならば煩わせても構わない、と」
「そう聞こえた?」
「……殿のお言葉ですが」
「ん?」
「お前なんぞ叱り飛ばされてしまえばよかった、と仰せでしたよ」
「――…」
「身に覚えが?」
「…うん、あるね」
何も言わず、明確な約束を交わすこともなく離した手。その行動にさえ怒りはしないだろう人。自分を想ってなのだと、そう納得して追求をしない人。優しさと恐れを私に抱いていただろう人。思わず浮かべてしまった笑みは、陳羣殿にはどう映ったのだろう。
「煩わせないでと叱られたら、私はどうするかな」
「…知りませんよ」
「あははっ、まあそれもよかったかもしれないね。――…さて」
「止めても無駄でしょうから、倒れて殿の心労を増やすことなきよう、とだけ言っておきます」
「心配には及ばない。戦勝の宴にだって参加しなければならないし」
「……これも無駄でしょうから、早めに切り上げろとだけ言っておきます」
「おや。楽しみを奪わないでほしいな」
ごめんなさい。
今謝ったとしたら、流石に怒るのかもしれないな。
20130227