君と、どこまでも

戦が差し迫った独特の空気は好ましい。熱り立つ兵や馬、止まぬ思考に意見を交わす人間。この限られた生を満喫するために女性や酒は不可欠だけれど、最も刺激を与え満たしてくれるのは戦であると私は思う。


「もう見慣れた顔か」
「おや。不満だ、という声が聞こえる気がするのですが」
「不満とは言わぬが…まあ、残念ではあるな」
「残念?」
「あれやそれと、己の描くように進まぬことに悩む姿も悪くはなかったのでな。郭嘉も人間であったと思わされたわ」
「普段はそう思っていなかったと?」
「そうではない」


曹操殿の指す上手く行かないことというのはなまえ殿に関する事柄なのだろう。まあ例え曹操殿にはそう感じられたのだとしても、私はすべてを後悔しているわけではない。なまえ殿の顔を見ずにいたのは正しかったと思っているし、胸中にあるのは厳密に言えば後悔とは異なる感情だ。

寂しさ、とでも称するべきか。なまえ殿を想う人間を想ってほしい、なまえ殿を想う人間に慈しまれてほしい。なまえ殿の道が晴れやかであることが私の幸せだなんて大袈裟なことは言わないけれど(偽善めいたとも言えるのかな)、伝えた言葉に嘘はない。


「――曹操殿」

私の幸せは生きた証を刻むこと。この生が尽き果てる最期の一瞬まで、曹操殿の志のために思考や声を絞ること。それはなまえ殿の手を取ってしまえば、二度と叶わぬものになる。

「…どうした?」
「足掻くことは時に、局面を打開する力になる。曹操殿は、そうおっしゃいましたね」
「ああ、違いない」
「足掻いて悩んで、導き出した結果が今の私です。曹操殿が私を案じてくださることはこの上ない幸福であれ、憂う必要がどこにあるというのです?」
「郭嘉。わしはおぬしのその心を好いておるが、」
「戦場にも私の幸福はある。…曹操殿の望まれる足掻きは、ないでしょうが」


退く瞬間、攻める瞬間。相手の思考を読んで立ち回るという意味なら、戦も女性とのやり取りも似通った部分はあるのかもしれない。ただなまえ殿はそうではなくて、寧ろ、私が快感を覚える点に一つも当て嵌まらない人と言ってもいいはず、なのに。


「――見事袁家を討つことが叶わば」

静かな声に何を期待しているというのだろう。今の私が最も恐れていることとはなんだろう。恐れていることが、あるんだろうか。

「暇をやろう、郭嘉」
「曹操殿…流石にそこまでされてしまっては。却って体が鈍ってしまいます」
「ならば終えた後の任だ。わしにおぬしは不可欠、絡み付いたものを落として戻れ」
「お言葉ですが曹操殿、私は結論を出した上でここに戻って、」
「疑ってはおらぬ。中途になっているものがあると言うておるだけよ」
「はあ」
「口先が器用な人間というのは厄介よな、郭嘉。女を楽しませるのが信条ではなかったか?」


なまえ殿との明確な形を作ること、それから曹操殿は私に。


「…そうですね」
「戻ったら働いてもらう。これまでの暇の分、容赦はせぬがな」
「遠征後のものは任だと、」
「わしの為に力を尽くしたいと言うたはず。この程度で根をあげていては着いて来れぬぞ?」


曹操殿。私だって出来ることならあなたの願いを叶えたい。あなたの言葉通り力を尽くし、この目に曹操殿の四海を映したい。


「…勿論。私が命を捧げるのは、曹操殿以外にいませんよ」


そして欲張ることが許されるなら、なまえ殿との形だって。



20130301

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