私が生きているこの世界は広くも狭くも息苦しくもある

朝が来て目を覚ます、日が陰って体を休める。そんなごく当たり前の流れの中で手を止めることなど、今まではなかったように思う。それは勿論、意図的に止めることはあった。けれどまさに今この瞬間のように急に動きを止めてしまうことなんて、なかったはず。


「なまえ様?何かございましたか?」
「いいえ、大丈夫。何もないわ、気にしないで」

私の気を和らげようと菓子まで用意してくれたというのに、これではいけない。それでもふと思ってしまうのだ。隣に郭嘉殿がいらしたら、なんとおっしゃるのかと。

「…ねえ、この菓子は。先程いらしたのは…」
「何時もの商人です。なまえ様がぼんやりとしているように見えたから、これで元気を出してやれと」
「ぼんやりは何時もだわ。来る度に笑ってそう言っているのでしょう?」
「最近は、違います。深く案じてくださっていますよ」
「――…か」


発しかけた言葉に思わず口元を覆う。ああ、私は今。商人はどんな顔をして私を見て、私を支えてくれている彼女だって、どんな想いで。きっと悲しそうな表情に違いない、どう答えたら私を苦しめないか、優しい彼女はそう考えているに違いない。


「……私、こうして流れていく時に違和を抱いたことなんてなかったの。そう、思うわ」
「…はい」
「けれど今は。恋しいと、強く恋しいと感じてしまうから――…だから、今まで送ってきたこの時が、酷く不思議で。どうして私しか、私とお前しかいないのかと、そう思うことの方が妙だというのに、私」
「なまえ様」
「郭嘉様と過ごした時の方が短いのに、あの一時こそ違和であるはずなのに」
「――以前、」


堰を切ったような私の反応を不安に思ったのか、いや、不安になっているのは私自身だ。掌を優しく包むぬくもりは何時でも私を安心させてくれて、それは今も昔も、これからもずっと変わらない。


「…以前、郭嘉様が私に、怒っているかとお尋ねになりました」
「怒る?どうしてまた」
「なまえ様への態度、と申しましょうか。親のようでと、そう」
「お前はどう答えたの?」
「感謝をしていると、お伝えしました」

伝わるぬくもりと同じように、深く温かい声。私と郭嘉様、それぞれを慈しむ響きに胸が苦しくなる。

「…感謝」
「なまえ様を見詰める郭嘉様の瞳を、私はとても好いております。なまえ様の名を口にした際の音を、郭嘉様がなまえ様を労るお心を、好いております。だからこそ、私はなまえ様とはまた別に、私個人としての謝辞をお伝えしたかったのです」
「郭嘉様は、どんなお顔をなさっていたの?」
「私はもう歳ですからそうはなりませぬが。女子ならば心惹かれる、とだけ」
「何よ、それ」


上手く、呆れた笑みになっただろうか。郭嘉様が私を大切に想ってくださっていたことは少なからず感じていた。度合いは、私の思い込みという可能性もあるけれど。

郭嘉様が私を見詰める瞳とはどんなものだったのだろう。私を労る心、ずっと私を見守ってくれている人間が好きだと言うのだから、私が目の当たりにしたら。


「もし、また郭嘉様がこちらにいらっしゃることがあったら」
「はい」
「私は、何と言えばいいのかしら」


言葉とは、想いとは本当に、難しいものだ。



20130227

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