「声がね、出なかったの」
私がそれだけ言うと、何処か気遣うような雰囲気を感じる。違うのよ、慰めてほしいのではなくて。口にして誤解を解かねばと思うのに、こんなときに限って上手く言葉が出てこない。
「出なかったというよりは出さないようにした、が正しいのかしら」
「…お会いにならなかったのですか？」
「もう、聞いていてわかるでしょう？……これもきっと、会わないようにしたのね」
「なまえ様は」
「そうね、そう。郭嘉様をお慕いしているわ」
郭嘉様が私の名を呼んだとき、私は答えるよりも息を殺さなくてはと思ったのだ。郭嘉様と顔を合わせて不都合があるわけでもなし、それでも何故か返事をしてはいけないと、姿を見せてはいけないとそれだけが頭を支配していた。
「――でも。お慕いしているのは確かであれ、あのまま郭嘉様の手を取ることが正しいとは思えなくて」
「ご自分の行動に後悔はないと？」
「…ないと思う。あそこで直接話してしまったら、郭嘉様のお気持ちも考えずに自分を押し付けてしまいそうだもの」
郭嘉様が私を好いてくださっていても、ずっとここで暮らすことを望むとは思えない。郭嘉様ご自身が成すと決めたことがすべて片付いたのならひょっとして、という期待もあるけれど、言葉を交わした中で彼の主に対する強い想いを見てしまった。何より主の、曹操様の郭嘉様を想う御心も知っているから。
「私、もしあそこで好きだと言えば郭嘉様は残ってくださるかもと思ったの。行かないでと触れたら、もしかしてって」
「そう考えてしまうのも、性ではないでしょうか」
「そんなに甘やかさないで。…言ってほしかったのかしら。嫌ね、私」
郭嘉様との時を重ねることで、私は私自身の知らない姿と出会うことになった。自分自身の欲を優先したいと思う心、郭嘉様を尊重して自分自身を押し殺そうとする心。彼の一挙一動に動じたり、怖くなったり、胸を躍らせたり。私もこんな風に感じ、反応を示すことが出来たのかと驚いたものだ。
「私は」
「ええ」
「なまえ様はどちらを選んだとしても、後悔をしたと思うのです」
「――…もう」
「…図星ですね？」
「…図星ね」
私を想う存在を私にも想ってほしい。それが郭嘉様にとっての幸せになるのだと、彼はそう言っていた。
「私が郭嘉様を想うことは、郭嘉様の幸せにはなるのかしら」
「郭嘉様は何と？」
「私には誰かに慈しまれて生きてほしい、私を想う相手を想ってほしい。…そんな風に」
「…なります、きっと」
「そうだといいけれど」
郭嘉様が生きていくこれから。私が彼を想うことで少しでも幸福を感じてくれたら、いいのに。
20130217